ヤマメを焼けばそこが清流。東京湾河口で阿蘇の旅をたしなんできた

水底も透けて見えるせせらぎ、キラキラ溢れる木々からの木漏れ日、沢の奥から響き渡るカッコウの声──

つまるところ、私は清流へ行きたかったのです。

しかし、筆者の住む六畳一間の狭いアパートの近くを流れる川は、関東平野をぐねぐねと走る一級河川。水は灰色に濁り底など見えず、聞こえるのはカラスと大型トラックの走る音のみ。

「私が求めている川は……ここじゃない」

目次

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阿蘇の清流・高森町へ行きたい

なるべく自宅にステイし続け、早くも数ヶ月。窓の外から吹き込んでくる空気は、知らぬ間に湿度を帯び、気づけば夏そのものになっていました。

この日も筆者は、仕事の合間に某全国道路地図や某登山地図を眺め脳内旅行に興じ、食欲を満たすためにポケマルで次なる美味を探していたのですが……。

あらあらまあまあ。こりゃまた素敵な食材が出品されているじゃないですか〜!

串打ち済みの山女ですってよ!ヤマメ!!

ヤマメという川魚について、商品説明ではこう説明されていました。

「渓流の女王」とも言われるヤマメは、山間部の最上流域の清流に分布する魚で、お味は王の名の通り、川魚の中では最も美味しいと言われています。

さらに、近年の環境変化により生息地である清流が減った影響で、「まぼろしの魚」とも呼ばれるようになったのだそう。

ふむふむ、「まぼろしの魚」ですか。一体どんな場所で育っているのか気になりますね〜。生産者の川部養魚場がある熊本県阿蘇郡高森町を地図で見てみましょう。

あっら〜、高森町は宮崎県と大分県との県境に位置する町なのですね。さらに地図を拡大していくと、「名水 白川水源」「高森湧水トンネル公園」という文字が目に飛び込んでくるではありませんか。

すかさず「高森湧水トンネル公園」を検索してみたところ、高森町のホームページがヒット。それによると、高森町は古くから豊かな水源地として有名で、あまりにも豊富な出水によってトンネル工事が難航するほどだったといいます。

参考:高森湧水トンネル公園|熊本県高森町

そして、この地で昭和45年(1970年)からヤマメやニジマスを養殖している川部養魚場の自慢はもちろん、きれいな水。養魚場の敷地内を清流が走っていて、それを活用して養殖をしているのだそうです。

ああ……それにしてもgoogleマップで思いを馳せる遊びはとてもよい……。気分はすっかり熊本旅行でございますよ。ついでにやまなみハイウェイにも(ストリートビューで)行っちゃいましょうか。

阿蘇の清流がやって来た

川の水は海に注ぎ、水蒸気として空に帰ったあと、雲より雨となって大地に滲み入り、この世界で循環を繰り返す──ならば、我が家の近所を流れる灰色の河川も、いつかは阿蘇の清らかな湧水だったのかもしれません。

そんなことを考えているうちにいつのまにか筆者は購入手続きを終え、それからほどなくして彼らがやってきました。

フタをあけるとお行儀良く並んだヤマメがずらり。購入したのは串ありの商品です。内蔵処理と串打ち加工が施されており、解凍し焼くだけで食べられるのです。

その時、筆者の脳裏に浮かんだのはこの図。

画像:いらすとや

自宅のガスコンロの魚焼きグリルで焼いても、BBQのように網に乗せて焼いても良いでしょう。でも……

「河原で焚き火を囲み、串打のヤマメをパチパチと焼きたい」

そう思うや否や、軍手とヤマメをリュックに詰めこみ、愛車(自転車)に乗って出かけたのでありました。

やってきたのは、東京湾に注ぐ某一級河川の河口近くにあるバーベキュー広場

出発時には冷凍状態だったヤマメは、到着した頃には半解凍され、丁度良い状態となっていました。

アイスキャンデーのように袋からヤマメを抜き取り、よく観察してみましょう。

つるりと光沢がかった体に縦縞と斑点模様。少し赤みがかった色彩がとても美しいです。

恥ずかしながら筆者は今まで川魚をヤマメ、アユ、イワナなど、ごちゃ混ぜに捉えてしまっていた自分に気付きました。

他の魚はどんな姿をしていたんだっけ? そしてこの目の前の川もまた、この子らの故郷に続いているのだろうか? ヤマメと向き合い、しばし静かな時が過ぎてゆきました。

たき火でヤマメを焼く

私は本来ならば清流へ赴き、魚を釣り上げその場にて焼き、食べたかった。それが叶わぬから、こうして東京湾に注ぎ込む一級河川のほとりで孤独に焚き火を起こしているのです。

注)焚き火をする際には、各市区町村や施設の指示に従い決められた場所・時間を守って安全に行いましょう。

近年、空前のキャンプブームを迎えた日本ですが、一介のアウトドア愛好家として「そうだよな〜」と納得してしまう気持ちがあります。

火起こしはもちろん、薪のくべ方、火加減の調整など焚き火は集中するからこそ安定するもの。日常生活から縁遠いモノゴトに一心不乱に取り組めるからこそ、休暇の過ごし方として人気を博しつつあるのかな——

しゃべってばかりいないで、早く手を動かしましょう。はい。

パチパチパチ……と安定した火が薪全体にまわりはじめました。ここまで来れば、火起こしの完了です。それにしても暑い…ですね。夏の火起こしはサウナさながらです。

焚き火なら長い串を用意しよう

それでは早速ヤマメを焼いていきます。最初から串打ちされているヤマメでしたが、火を囲むように焼くには串の長さが足りなかったため、40㎝ほどの串をさらに追い打ちします。

本当はそのまま地面に串を突き刺し固定したかったのですが、土が硬すぎたため断念。そんな時は「*必技・ナニカオチテナイカナ〜」!

*筆者解説)アウトドアを嗜む人間が会得しがちな必殺技のひとつ。石ころや漂流物、木の枝など普段はゴミとして扱われている物も、時と場合によっては「便利アイテム」へ大変身することも。

「あ、これは!いける!!」とちょうどよく落ちていたのは、かつてどこかしらのパイプであっただろう漂流物。

中央のわずかな空洞に串を差し込み、固定することができました。

ではいよいよヤマメを熱していきましょう。ヤマメ全体が炎に包まれてしまわぬように、風向きによって場所を移動させます。

一般的には「遠赤外線効果でじっくりと」と耳にしますが、高まる食欲がそうさせてくれません。早く食べたいという本能に突き動かされ、強火でガンガン焼いてしまいました。

ヤマメは芸術的うまさだった

焼きはじめて15分ほど経ち、全体的に黒ずんできたようです。目も白く変化し、いわゆる"川魚の串焼き"のイメージに近づいてきています。

さあ、「川魚で最も美味しい」と噂のヤマメを実食してみます。思えばいままで川魚を食べた経験も少なく、「こんな味だろう」という予想がたちません。

よ、よ〜し、いただきます!

思い切って背中からかぶりつくと……こ、これは……!

筆者、心の声

(ふふわ〜〜〜ん、ホロロン。)

なんなの、このお魚は! 魚らしからぬ擬音が浮かんできましてよ!! とにかく柔らかくてジューシー、そして優しい旨みが口いっぱいに広がるわ。余計な味付けなど野暮ね。お塩で十分だわ!!

それにしてもどこに骨があるのかしら。もう一口いただきますわ。もぐもぐ……よく、わかりませんわね、もうひと……。

「ぽりっ」

小さな歯応え? もしやこれが小骨…あなたなの? だとしたら柔らかく繊細の極みでしてよ。喉に刺さる心配をすることなく、豪快に食べ続けられるじゃないの!

美味しさを知ってしまったが最後、もうすっかりヤマメの虜です。食べている間に炭火となった焚き火へ、新たなヤマメをかざしたのでございました。

時折遠くを眺めれば、都会のビルを背景に流れる広大な川。

よく見慣れた川辺の景色でしたが、じうじうと音を立てるヤマメの香ばしいにおいに包まれているこの瞬間、そこはもはや都会の川ではなく、まだ見ぬ阿蘇の清流でした。透明な水の流れに逆らうように賢明に泳ぐヤマメたちの姿までが、脳裏に浮かんでくるようです。

ヤマメにかぶりつくごとに、「ありがてえ……」という言葉が口をついて出ました。

よく「食事するときは感謝して〜」という言葉を耳にしますが、本当においしい食材をいただくと、自然と感謝の念が湧き上がってくるものなのですな。

食材とともに、心の旅へ

河原からの帰り道、そこにはいつもの見慣れた風景が広がっていましたが、この日ばかりはとても新鮮なものに見えました。

ヤマメの生まれ育った場所を地図で確認し、清水に思いを馳せ、しきりに炎と対話し、一心不乱にヤマメにかぶりつく。気づけば、筆者はすっかり心の旅へ出ていたようです。

あのときいただいたヤマメは、今は私の血や肉となっています。いつか私がこの足で高森町へ訪れ、ヤマメたちの"里帰り"を実現する日が来るのかもしれません。

水が世界を巡るように、私たち生き物も循環を繰り返しているのだな。水先案内人のヤマメたち、ありがとう。いつか必ず君たちの故郷に行くからね。

追記:令和2年7月豪雨について

筆者がこの記事のためにヤマメを購入し、河川敷で焼いて食べたのは6月中旬頃のことでした。その後、この記事の執筆中であった2020年7月上旬、川部養魚場が令和2年7月豪雨の被害に遭われました。

そのときの様子を、川部養魚場の打越友香さんはこのように綴っています。

7月8日の大雨により、川の水が氾濫し、水害・土砂災害を受けてしまいました。破損により、十分に酸素が行き渡らない濁流の中でも山女は懸命に生きてくれていて、私たちの活力になりました

引用:川部養魚場の商品ページより

今こそ、とびっきり大きな声の「ごちそうさま」を届けたい。筆者は改めて思うのです。

7月25日時点の情報では、打越さんたちは養魚場の復旧作業をしながら発送作業を行っているとのことです。ご注文の際には、配送日は打越さんにお任せし、到着までゆっくりとお待ちいただけますようお願いいたします。

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文・写真=大城実結、編集=中川葵

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