彼の人生が運命にハマる時、日本の農業技術がネパールを改革するカモ

今回取材班は、東京都三鷹市で農業を営む鴨志田さんの元へお邪魔しています。前編・中編では、完熟堆肥へのこだわりや半農半教育との出会いについてお話を伺ってきました。後半では鴨志田さんが国境を越えて挑戦をし続ける、あるミッションを徹底取材します。

\この記事は3本立てです/
  1. 【前編】完熟堆肥って何?東京ど真ん中で美味しい野菜が育つワケを農家さんに聞いてきたよ
  2. 【中編】都市農業で社会貢献!"半農半教育"に目覚めた青年農家のサステナブルな生き方とは
  3. 【後編】彼の人生が運命にハマる時、日本の農業技術がネパールを改革するカモ(この記事です)

都会にいながら、土に触れ、お母さんのおいしいカレーを頂き、すっかり鴨志田農園の虜になった取材班。農園から自転車で30分の場所に住む編集中川はこんなことを。

このメロン味のキュウリ、また買いに来てもいいですか?

あ〜、キュウリはもう終わりなんですが、他の野菜でよければ来てください。もしかしたら僕はネパールにいて不在かもしれませんが

ネ、ネパール……? ご旅行ですか?

いや、ちょっと僕、2027年までにネパール全土に一万人の雇用を作るという使命があるんです。だから今年も何度かネパールに行かなければいけないのですよね

 

目次

   ここに目次が表示されます。    

それは2袋のコーヒー豆からはじまった

ネパールってあそこよね……? ヒマラヤ山脈よね?

え、ちょっ鴨志田さんってネパールご出身でしたっけ…

すべて、お話しますね


\ぽよん(パソコンが立ち上がる音)/

2015年の6月頃、父が他界したことをきっかけに、教師兼農家としての活動をはじめました。ちょうど同じ時期にネパール人の方から鴨志田農園のHPに、突然この文章が届いたんです

農薬を使っていないのに、どうしてこんなにきれいな野菜ができるの?(※英語で)


どうして見ず知らずのネパール人がうちの農園にメッセージを? と、最初は半信半疑で返信をしてたんです。すると、相手の方が「お礼にコーヒーを送りたいから住所を教えてほしい」と言ってきたんです

それってよくあるフィッシングメールみたいなやつじゃ……

そう思いますよね。僕も一瞬、これはまずいかもって思いましたよ。でもやりとりしていた感じでは、そんなに悪い人ではなさそうだったので、畑の住所を教えたんです。そしたらカルディのコーヒー豆2袋届いて(笑)

ほっ、良かったー!

でも不思議でした。どうしてわざわざネパールの人がEMS(国際スピード郵便)5000円もかけて僕のところまでコーヒーを送ってきたのかと。現地の給料は1日分で500円〜1000円なんですよ

ということは、5日から10日の給料分の送料をかけて鴨志田さんに届けたということですよね? 日本であれば5~10万円くらいの価値ってことですよね?

そうなんです! もう気になってしょうがなくて、半年後にはネパールへ直接会いに行っちゃいました

えーーすごい行動力! 私なら「コーヒーおいしかったです、ごちそうさまでした」で終わりですよ

この行動力こそ、鴨志田クオリティ。中学2年でラオスに渡り、大学卒業後の2年間で47都道府県・30ヶ国を渡り歩いた鴨志田さんだからこそ可能だったフットワークのよさなのでしょう。(詳しくは、中編にて)


疲弊していたネパールの土、社会


2袋のコーヒー豆でネパールと出会った鴨志田さんの人生は、その後、急激に加速していきます。

僕にメッセージを送ってくれていたのは、ウサ・ギリさんという女性でした。もともと大学時代に日本に留学されていたそうで、当時お世話になっていた教授が同じ"鴨志田って名前だったそうなんです。日本の農業について調べていた時に、たまたま鴨志田って名前の僕を見つけてメッセージしたと言っていました

えぇ、そんな偶然あるんですね! どうしてウサ・ギリさんは日本の農業について調べていたのでしょうか?

ネパールは国内産業における農業の割合が76%で、多くの人が農業に従事しています。しかし実情では農業関連の働き口は少ないのですよね。未だに70年以上も前の堆肥化方式を用いているなど、日本に比べると農業技術が遅れているんですよね


実際に鴨志田さんが現地でいくつかの畑を訪れたところ、長年化学肥料と農薬が投入し続けられたせいで、ほとんどの土が痩せ細ってしまっていたそうなのです。

ネパールの農地(鴨志田農園Facebookより)

つまり、土壌が疲弊していることと、農業関連の雇用が創出できていないことの2つが課題だということですね

なにかできないだろうかとは思ったんですけど、1回目にネパールを訪れた時は就農してまだ1年目だったんです。農地を案内され「何かアドバイスを」と聞かれ、「堆肥をよくしたら良いですよ」とは答えたものの、実際のところ当時の僕は堆肥のことをあまりよく知らなくて

そこから鴨志田さんと完熟堆肥がつながるんですね

完熟堆肥についてはこちら:完熟堆肥って何?東京ど真ん中で美味しい野菜が育つワケを農家さんに聞いてきたよ


堆肥がネパールの社会課題を解決する?

日本に帰国後、吉祥寺の書店で農業関連の書籍を立ち読みしてみたり、農業関係の知人に聞いてみたりしているうちに、ある時、知り合いづてに今の師匠である三重県の橋本力男さんに出会ったのです

あの”橋本式堆肥”前編で登場)の考案者ですね

それから、橋本先生に堆肥作りを教わることにしたのですが、当時の僕は教師をしていたので、月曜から金曜は学校で生徒たちに数学を教え、金曜の夜に軽トラで東京から三重県に移動して、土日に橋本先生の元で教わり、日曜の夜に軽トラで東京に帰る日々でした

ハードスケジュールだ……

技術があればそれは宝になるし、橋本先生のところに集まって来る人たちも面白かったんです。そこでは技術はもちろんのこと、考え方を教わりました。

橋本式は、堆肥の材料を炭素、窒素、微生物、ミネラルの4つに分類して、その配合比を使用目的に応じて変えてつくる技術です。たとえば、炭素はモミガラ、窒素は生ごみ、微生物は落ち葉、ミネラルは壁土からというように、どんな場所であれ、基本的にはそこにあるものだけで作れるんです。

であれば、ネパールでも?

はい。ウサ・ギリさんのお兄さんが経営しているネパールの「ゴールデンファームコーヒー農園」でも完熟堆肥を作ることに成功しました

すごいっ

驚いたウサさんたちに「有機堆肥について指導してほしい」とお願いされました。ネパールは土壌以外にも生ごみ処理の問題を抱えており、彼らは農業技術向上と合わせ、散乱する生ごみを別の形で解決する方法はないかと考えていました。生ごみから堆肥を作ることができれば、ネパールの抱える2つの課題を解決することができるのです

ご本人Twitterより。ネパールのごみ中間処理施設の様子

そして、僕が5回目にネパールを訪れたときに、有機堆肥システムの構築国家プロジェクトとして始動することが決まりました

”2027年までにネパール全土に一万人の雇用を作る”というお話はここに繋がるのですね


"数学と農業" 2足のわらじが納まる場所

向かって中央が鴨志田さん、左がウサさん(鴨志田さんのFacebookページより)


橋本先生の元で完熟堆肥技術を習得し、いよいよネパールで生ごみの堆肥化プロジェクトを実行しようとする鴨志田さんに、新たな壁が立ちはだかります。

プロジェクトを始めた当時、ネパールにはごみの分別回収システムがありませんでした。それどころか、住所というものが存在しませんでした

え、住所が……ない?

なのでまずは住所作りのための世帯調査をしたり、地域ごとにごみの分別や回収の仕方を教える集会を開いたりしました

ティミ市にて生ごみリサイクルシステムのプレゼンを行った(鴨志田さんtwitterより)

そのような活動の中で鴨志田さんの立ち位置はどのようなものだったのでしょうか

僕は元々数学を専門にしていたこともあって、取り組みを数値化してデータにし、説得力のあるエビデンスにすることが役目でした。例えば、取り組みをネパール全土で広めていくためには、どれくらいの数の標本が必要なのかとか

なにやら難しい数式が

住所を作るというところからスタートしたのにもかかわらず、ものすごいスピードで物事が進んでいったのですね

新しい取り組みが導入されるとなると、普通は遂行までにかなりの時間がかかると思います。けれど、ネパールですぐに活動が広まったのは、きっと土壌の疲弊雇用状況などの問題がかなり深刻であったからだと思います

国のために今やらなければいけないという危機感……でしょうか

ご本人Twitterより。2018年9月ネパールでの堆肥完成式典の様子

ご本人twitterより。鳥羽リサイクルパークのシステムを視察も兼ね、三重県鳥羽市へネパールの国会議長、ティミ市長、地区長、大学教授が表敬訪問した

そうですね。日本のように農業システムが完成しているところへ新しいものを導入することは難しく、時間がかかります。けれどネパールのような新興国では違います。いわゆるリープフロッグ現象*ですね

*リープフロッグ(かえる跳び)現象とは:段階を踏まずに最先端の技術やサービスが広まること。

「先進国では、新たな技術やサービスが登場しても、既存サービスとの摩擦が生じる場合や、法制度の改正が必要となる場合には、普及までに一定の期間を要することがある。他方、新興国・途上国ではこのような制約が少ないことがあり、急速に新サービスが普及することが起こり得る。」

「」内引用元:令和元年版 情報通信白書 第1章 第1節 (2)新興国・途上国における変化-「リープフロッグ」の出現


ネパールでの成功例が他の国にも広まれば、もっと世界に堆肥技術が受け入れられていくんじゃないかと思います

橋本式完熟堆肥が、ひとつの国……いや、もしかしたら世界に革命をもたらすカモしれないのですね〜!


鴨志田農園はネパールへの入り口だった


あぁ、ここ三鷹だったのか

東京のど真ん中にある畑で、ネパールの農業発展ストーリーをきく。なんとも不思議な体験に、筆者はネパールへ小旅行したような気分になっていました。

2袋のコーヒー豆からここまで壮大な話になるとは、きっと誰も想像できませんでしたよね

そうですね(笑)。 でも僕はネパールにだけ目を向けているわけではなく、日本でも純粋な堆肥技術者を育てていきたいと思っています。国内には生ごみだけでなく、地元の環境を生かして作れる堆肥はたくさんありますので。

良い堆肥ができれば、育苗ができる。そうすればどんな環境にいようとも、高い肥料や農薬を使わずに安定して作物を育てることができると思うんです


* * *


おいしい野菜を作り、届ける。

それだけでなく、「堆肥技術」「教育者」という鴨志田さんならではの2つの武器を使って、その先の様々な課題の解決に挑戦していく。

東京のど真ん中、三鷹の閑静な住宅街に佇む鴨志田農園は、農業の新たな可能性を切り拓く入り口のような場所でした。

もしかするとネパールの学校で配られる教科書に、鴨志田さんや橋本先生の名前が載る日もそう遠くないかも……。その時はまた農園に遊びに行かせてくださ〜い!

鴨志田さんありがとうございました!


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文=日野原有紗、編集=大城実結、写真=中川葵

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