山の端まで広がる緑のお茶畑。ツヤのあるお茶の葉が秋の陽にきらきらと光ります。愛知県内での煎茶生産量ナンバーワンの新城市で、穏やかだけどお茶には厳しいもっちゃんこと白井基之さん、奥様いくみさん、長女の佑依さん、そして佑依さんの小さいお嬢さんにお会いしてきました。
- - producer - -
もっ茶んのお茶 白井茶園|愛知県新城市
もっ茶んのお茶白井茶園です。 家族でお茶を栽培から加工、販売までを行っている生産農家です。自分に合ったお茶に出会うことでホッとする時間を日々の生活に取り戻して欲しいと思います。
急須でお茶を飲む「文化」が消えてしまったら……
ーー新城のお茶の歴史はとても古いと聞きましたが
佑依さん:
安土桃山時代の文献にはもう載ってるそうです。
基之さん:
戦前からこの辺りは養蚕業が盛んで桑畑が多かったんだよね。昭和30年代くらいになって絹があかんとなって。桑の替わりに何か…というので、お茶がいいんじゃないかってことで栽培が始まって、しんしろ茶が産業として大きくなった。お米の減反政策もそこに重なったりしてね。
現在も、愛知県内の煎茶の生産量は新城市がナンバーワン。ただ、お茶の生産自体も最近はどんどん減ってきとるんで。生産面積的にも最盛期の半分くらい、お茶の加工工場も1/3しかないもんね。
佑依さん:
平成10年代になって、ペットボトルのお茶が本格的に売り出されてからだよ。
基之さん:
煎茶自体の価格がすごく落ちちゃったの。
佑依さん:
一般の消費者が急須で淹れる普通のリーフを買わなくなったもんだから。
基之さん:
急須からお茶殻を出して片づけるのが面倒くさいって。
いくみさん:
若い人だけじゃなくて、年配の人でもそうだもんね。
以前、新城市の軽トラ市で、ティーバッグのお茶を販売したんです。若い人向けにパッケージも可愛く作って。
でも結局、買っていくのは年配の方ばかり。「うちで温かいお茶を飲むのは自分だけ。嫁さんが台所やってるところで、お茶殻まかしたらいかんし」って。
基之さん:
今は年配の人でも急須持ってないっちゅう人も多い。お茶を飲むって昔は習慣みたいなもんだったけども、今は「文化で飲む」って。その文化がなくなってしまったら終わってしまうなあって思うんですよ。
佑依さん:
確かに今は昔と生活スタイルが変わって家族で一緒にお茶を飲む時間は減ってしまったけど、私が試飲販売するときは若い人も買ってくれてるよ。
忙しい日常の中でちょっと良いお茶を自分のためにじっくり淹れて楽しむことが、どんなに日常を豊かにするかってことに気づいている若い人は、ちゃんといるんだよ。
どうしたらそういう人に出会えるかが課題なんですけどね(笑)。
父の十八番「深蒸し」は何煎でもきれいな色
――「しんしろ茶」というのはどんなお茶なんですか?
いくみさん:
それが難しいところで、「しんしろ茶といえばこれ」というものはないのですよ。
例えば静岡県の掛川だと深蒸し茶ってバーンと出てるんですよね。でも、新城の場合は各農家でかぶせ茶にしたり、そうでなかったり、深蒸しであったり浅蒸しであったり。農家さんそれぞれが得意な方法で生産しているんです。
農協さんの茶業部会でも統一した方がいいのではという話も出るのですが、「新城で作っている、それぞれのこだわりと特徴があるお茶がしんしろ茶ってことかね」っていうところに落ち着くみたいです。
ーーなるほど、では白井茶園のお茶はどんなお茶ですか?
いくみさん:
うちは「かぶせ茶」っていう作り方をしています。
基之さん:
かぶせ茶というのは、茶摘前のお茶の木の上に黒い覆いを10日~2週間かぶせて作るの。
そうすると、渋みをかなりおさえて、甘みの方が強くでるようになる。玉露と普通煎茶の中間くらいの味になるんだよね。お茶を淹れたときの水色(すいしょく)は青いよね。
うちは、それにさらに蒸しを強くして、より一層青みとまろやかさを増していく。
佑依さん:
その水色を出すために抹茶を入れるお茶屋さんもあるんだよね。だけど、抹茶を入れると一煎目でその抹茶がお茶に出てしまって、もう色も出ないでしょう?
深蒸しにするとお茶っ葉自体でその色が出るから何煎でもきれいな色が出る。
いくみさん:
パパちゃん(基之さん)は深蒸しが得意なんです。農協さんの人にも深蒸しのお茶買うなら、もっちゃんのところの買った方がいいぞって言われるようなお茶を作るので。
佑依さん:
ほうじ茶と番茶のセットとかもやってみたいなとも思ってるんです。
普通、ほうじ茶や番茶には大きく硬くなった葉をつかうんですけど、うちのお父さんはそれが嫌で、すごく質のいい葉を使っているんですよ。
だから、淹れた時に焙じた香りしかしないほうじ茶ではなくて、味も香りもあっておいしい!お茶の甘みが違いますよ。
小さい茶園だからこその品質・個性
ーー製法へのこだわりが強いんですね。
佑依さん:
農協の職員の子が言うんですけど、お茶工場の中で忙しそうなのは白井さんだけだって(笑)。
他の人は機械を設定したらどーんとかまえてるけど、お父さんは一度設定しても数分後にはもう確認していて。手で確認して色見て…全部見ていないと気が済まないからね。
基之さん:
大量生産の問屋さんと違って、うちは小さい茶園なもんで、それなりにひとつひとつ見て、丁寧に揉めるわね。コンピューターでやってる人には笑われるかもしれないけど。
製造ロットが小さいからこそ、いろんなことができるんじゃない?小さければ小さいだけ個性が出てくる。ロットが大きければおんなじものしか出来へんけど。
佑依さん:
お父さんお茶工場の中だとちょっと殺気立ってるから、買い付けに来る問屋さんがかわいそうになる(笑)。
直接お茶の話をして、買い付けたいんだけど、お父さんは製茶のことで頭がいっぱいだから。ちょうどタイミングの悪い時間に来てちょこまかするから、お父さん怒っとるだろうなあって(笑)。
基之さん:
間が悪い。
佑依さん:
機械の音がすごいんで、声が大きくなるし。絶対怒られとると思ってる(笑)。
――現在は自社販売が中心なんですか?
基之さん:
直売と産直と電話注文と…自社工場で加工したものは全部自分で売っちゃう。
いくみさん :
産直などで試飲販売をすると、買ってくださる方の顔を見てお礼が言えるんですね。
それと生産者が生きていくための価格のことを説明もできるし、お客さまが不安に思うことも訊いていただけるので納得して買っていただくことができる。
そういうのがいいなあと思って、もっくん(基之さん)に相談して全部市場に出さずにうちで売ってみようということになったんです。
佑依さん:
うちはリピーターさんに支えてもらってるよね。
いくみさん:
会社からの注文で毎回丁寧に注文書を書いてFAXで送ってくださるところがあれば、「まだこのお茶があったら、前回と同じお茶を前回と同じ量送ってください」なんて私以外誰もわからないご注文がくることもありますよ。
父のお茶をもっと知ってもらいたい
――娘の佑依さんは、白井茶園を継ぐのですか?
佑依さん:
そう、やりたい!
保育園の卒園の時のお遊戯会で将来の夢を発表するっていうのがあったんですよ。私はお茶屋さんがやりたい!って言ったら、保育園の先生が何を着せたらいいか悩んじゃって。結局、緑のエプロンにお茶の袋を持ちました。
でも、私の思うお茶屋さんはお父さんお母さんみたいなお茶農家をやりたかったわけです。だから、経理も自分でしなきゃならないということで高校は商業科に行きました。
ただ、そのままお茶屋を継いじゃうと、だいぶ世界が狭くなるなと思って……ちょうど市内にできた大学に通わせてもらいました。
基之さん:
継ぐのは、たやすいもんではないよ。
佑依さん:
おいしいと思うんですよ、お父さんの作ったお茶は。
もっと知ってもらいたい!
みんなスーパーで買ったら損しとるで!そんなにおいしくないお茶飲んどったら人生損だよって。
スーパーで売っているお茶も結構な値段するんですよ。その値段でうちのお茶買ったら、その3倍以上おいしいお茶が飲めるよって思います。
いくみさん:
お茶工場で、私もずっと一緒に仕事をしているんだけど、この子はパパさんのやることをよく見ていて私よりもお茶のことがよくわかっているんですよ。
本当にお茶のことが好きなんだな、もっくんのお茶がすごい好きな子なんだなって思います。
お茶畑を継ぐことはたやすいもんではないけれども、佑依だったらやるんじゃないかと思っています。
白井さんのお茶はこちら
◎深蒸し茶
◎ほうじ茶
◎和紅茶
◎セット
量ちがいやギフト用セットなどもご用意しています。ぜひ白井さんの出品一覧ページを覗いてみてくださいね。
関連記事
「新茶フィーバー」なのでお茶農家さんのオススメ茶を聞いてみた
2017年のポケマル思い出アルバム ④白井いくみさん編
- - writer - -
わたなべひろみ
1968年、北海道生まれ。設計デザイン、商品開発などに携わったのち、宣伝会議 編集・ライター養成講座 上級コース 米光クラス第7期受講。修了後ライターとして活動。現在、札幌国際芸術祭2017【大風呂敷プロジェクト】に運営サポートとして参加中。