靴屋の息子は農家になった。就農1年目、作ると売るのビジョンを語る

「現場へ行かずして、何を語ろうか!」

ポケマル編集部にこだました叫びによって、どうにか実現した農業お手伝い作戦。今回は茨城県つくば市で農園を営む川上さんのもとへお邪魔……いやお手伝いしにやってきました。

前半では立派な労働力になるためにもスタッフ皆奮闘したものの、川上さんの機敏な動きに改めて圧倒されることばかり。これが”現場”と見せつけられんばかりでした。

前半はこちらから▶「労働させてください…!」茨城県川上農園ではじめての農作業してきたよ

後半は、老舗靴屋の息子でありながら、農業を愛し、ついに農家として独立開業してしまった川上さんにインタビューしていきます!

 

目次

 
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「やりたいことが農業だった」

奥さまお手製のお昼ごはんとともに、いただきます!

ノンアルコールビールで乾杯!


——作業中に『ご実家は自営業の靴屋さん』とお伺いし、とてもお聞きしたかったのですが……。そもそも農業の世界に入るきっかけは何だったんですか?


「農業高校に進学したことですね。周りの友人は普通科の高校に進む人がほとんどでしたが、私はあまり魅力を感じませんでした。興味のある分野を専門的に学びたかったんです」


——でも、なぜ農業を学ぼうと?


昔から植物を育てることが好きだったんです。きっかけは、小学生のときに担当した栽培委員です。校内の花壇を管理して、植物を育てる。

それがとても楽しくて。高校の進路を考えるときに、そのときのことを思い出したんです。3年間、植物のことを専門的に学びたい。そう思って農業高校への進学を決めました」

奥様が作ってくださった大きなおにぎりと野菜のおかず。見るからに美味しそうです


——ご家族から反対は?


「もともと放任主義だったので、農業高校への進学を決めたときも『やりたいことやれば』という感じでしたね」


——高校生活はどうでしたか?


「3年間、本当に充実してましたね。授業の2/3は “草花”“果樹”といった専門科目で、実習も多くて。特に畑に出て作業する実習が楽しかったです。

部活は果樹部に入り、桃やびわなどの作物の栽培・管理方法を学びました。部員は収穫物を最初に食べられる特権があるんです。授業も部活もほんとに楽しくて、やっぱり植物のことが好きなんだな。入学前までのうっすらとした興味や関心が、確信に変わったのが高校3年間でしたね


——その後はどんな進路を?


「東京農業大学の国際農業開発学科に進学して、発展途上国での栽培技術などについて勉強しました。卒業後は、地域おこし協力隊員として長野県の山村に暮らしながら農業振興に関する仕事を。さらに本格的に農業に取り組もうと、つくば市にある農業法人で6年弱、野菜の栽培や直売所の運営などに携わりました」


——”ブレずに我が道を突き進む”。そんな印象ですね。


「そうですね。規定路線を進むよりも、ゼロから何かを生み出すことにおもしろさを感じる性格なんでしょうね。初めて挑戦する作物もまだまだありますし、失敗するか成功するか分からない部分もたくさん。どちらにせよそこから得られた経験が来年、再来年に活きてくるでしょうし、他の作物にも応用できるはず。何事も、実際にやってみないとわかりませんから」


川上農園、1年目にして大きな決断

農業法人を退職後、2017年10月に川上農園として独立した川上さん。しかし当初は「農家として独立するつもりはなかった」と語ります。


「もちろん何かしら農業に関わり続けたいとは思ってましたが、”農家になる”という最終地点に行き着く自信がなかったというか。農家になった瞬間に、農家でしか生きていけなくなるような気がして……。そこへ一歩踏み出す勇気がなかなかもてなかったんです。ですから、その周りを辿るような仕事をずっとしてきました」


——でも、そこから心境の変化が?


「そうなんです。やっぱり農家にならないと、本当の意味で農業を語れない。そんな思いもあって。それに、農家をやりながらでも、いろんなことに挑戦できることに気づいたんです。そんなことを考えていたら、当時勤めていた農業法人を通じて「いい土地がある」と紹介されて。このタイミングを逃す手はない。そう思って独立することにしたんです」


——”農家・川上”、いざ出陣ですね。


「独立するにあたって、まずはミニトマトを基幹作物にしようと考えました。……それじゃあちょっとミニトマトのハウスへ行ってみましょうか」

トウモロコシの向こうに立ち並ぶのはかなり大型のビニールハウス

天井が高い! 広々とした空間が広がっていた


——うわ! すごく立派! 私たちの思う“普通”のビニールハウスはもっと簡素な作りのイメージがありましたが、こちらはもう建造物と言ったほうがしっくりきますね。


「こちらは鉄骨のビニールハウスです。室内の設定温度に合わせて天窓が開閉するなど、温度管理システムを導入しています。その分コストが高く、うちの場合は一般的なビニールハウスの25倍ほどの金額をかけました


——独立してすぐにここまでの設備を整えるなんて、みなさんあまりやらないことですよね?


「いやー、普通はありえないですよ。莫大な初期投資が必要だからです。普通はやらないですよね」


——でも、やったわけですね……


「これも考え方だと思うんです。一般的なハウスはコストが安いメリットはありますが、夏場は熱がこもるので暑くなりすぎてしまったり、台風などの災害にも弱い。もちろん、初期投資を抑えることを否定するわけではありませんよ。でも私は、こう思うんです。その野菜の魅力を最大限に引き出すための最適な環境は何だろうか。それを追求して整えるのが、人間の役割ではないか。これが私の”考え方”なんです」


——なんとも、川上さんらしい!


コストをしっかりかけるところにはかけて、抑えるところは抑える。そういうメリハリをつけないと、なかなか利益は出てきません。初期投資を抑えることでいつまでも利益が生まれにくい状況が続くよりも、集中投資することで、早く利益ベースに乗せて投資を回収する。トマトで安定した収益を確保できるようになれば、その分トマト以外のいろんな作物にもトライしやすくなる。そういう長期的な視点で、最初に思い切って投資しました」


「自ら楽しむ農業を」多品目栽培への想い

川上農園の特徴として多品目栽培が挙げられます。これはひとつの農園で、年間を通じて多種多様なお野菜や果物を作るということ。だからこそ今回ターサイの種まきや玉ねぎの定植などお手伝いすることができたのです。

独特の食感がクセになるシカクマメ(うりずん)も畑の一角に


——トマト、ラディッシュ、トウモロコシ、ターサイ……ずばり、“多品目”にこだわる理由ってなんでしょう?


「私たちが取り組む農業は、“生活のためのもの”だけでなく、“自らも楽しむもの”でありたいんです。単一作物で抜きん出た“スーパー農家”もいますが、多品目を栽培することで多様な発見や感動を味わい、自分自身も楽しみたい思いが強くあります」


——第一に自らが楽しむこと。それが川上農園の方針なんですね。


「私たちは、JAなどを通さない直売が基本スタイルです。数多くある品目のどれかにお客さんがついてくれれば、そこから派生して別の商品も買ってもらえるようになるかもしれませんしね。いろんな作物を、バリエーション豊富につくれる農家になりたい。それが私の理想であり、原点にある思いです」


——すでにいろんな作物にトライしているわけですね。


「いろいろとチャレンジするうえで、私とは異なる妻の視点にはとても助けられています。私は長く農業を勉強してきた分、『こうあるべき』という考えが強くあります。でも、『こうやったら?』という妻の提案がうまくはまることも少なくないんです」


——例えばどんなことが?


「“青トマト”がそうです。私は捨てるものだと考えていたんですが、妻が『売れるかも』と。料理レシピサイトの〈クックパッド〉ではよく目にするけど、市場ではほとんど見かけないことに目をつけたようなんです。酢漬けやぬか漬けにするとおいしくて、お酒のつまみにもピッタリですよ」

左にあるのが「青トマトの酢漬け」。ピクルスのようなさっぱりとした味付けが美味でした。


「そういう発想が、私にはないんですよ。私が“つくる視点”なら、妻は“食べる視点”と言えばいいでしょうか。このバランスが、ちょうどいいんです。今は他にも、妻の提案でパッションフルーツやパパイヤなどにも挑戦中です」


農作物の「適切な価格」とは

——直売所で働いていらっしゃった経験から、野菜の”価格”についても特別な思いがあるとお聞きしました。


「例えば、スーパーでキャベツが1個98円で売られているとします。これって、誰が儲かっているのか、いつも考えるんです。つくる人、届ける人、売る人がいて初めて、消費者の手に渡るわけです。

そう考えると、この価格では絶対に利益なんか出ませんよ。利益が得られなければ、農家は次の生産ができません。今はあまりにも農産物が安く売られ過ぎていると思います。利益を上乗せした適切な価格で販売されるべきですよ」


——何が問題なのでしょうか……


“買う人”が強くて、“作る人”が弱い。本来はそうじゃないはずなのに、その関係が当たり前になりすぎて忘れ去られてしまっています。でもこのままじゃ、農家が農家ではいられなくなりますよ。

やっぱり、価格は農家自身が決められるのが望ましい姿だと思います。ちゃんと利益が出せて、その後再生産できる価格で販売する。その代わりに、農家もただつくるのではなく、消費者がコストをかけてでも『ほしい』と思えるような商品をつくる。それが農家の責任ではないでしょうか」


——最後に、今後の目標やビジョンを聞かせてください。


「つくる人も買う人も、間にいる人も、みんなが元気になる仕組み——農家と消費者、それぞれの思いをつなげて、分かり合えるような仕掛けを作っていきたいですね。どうすればいいのか、現在模索しているところです。

前よりは確実に、食に対して関心をもつ人は増えています。ただ、『興味はある。けど……』と、なかなかその先につながらない。なんとかそこに働きかけて、農家と消費者の関係を近づけたいですよ」


* * *


「キャベツが昨夏の◯倍に!」「品薄で家計を直撃!」

日本列島を台風や地震などの自然災害が襲いかかり、農作物への影響を伝える見出しが新聞各紙に躍っています。その多くは“消費者目線”で、裏側に生産者の苦悩はなかなか伝わってきません。

だからこそ、生産者さんから野菜を買ってみる。そして想いを馳せて「いただきます」と手を合わせる。それが私たちと生産者さんの距離をぐっと縮めることになり得るのです。


東京から1時間ほどの場所にある川上農園には、”自ら楽しみながら”大地と向き合う農家さんの姿が、確かにありました。


Writer

近藤快

化粧品専門誌の記者として8年勤務。東日本大震災後、業界紙・東北復興新聞にプロボノで参加、その後専属に。他に、企業のCSR・CSV、一次産業、地方創生などのテーマで取材〜執筆している。

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