みなさま、梅しごとは順調ですか?
甘い香り、コロコロとした形、産毛の生えたふわふわのお肌を、見て、さわって、漬け込んで。手塩にかけた梅は、とてもかわいくて愛着がわきますよね。
一方、梅しごとに出会う前の自分を思い返してみると、日常の中で梅を口にすることって、あまりなかったような気がします。データを見ても、梅の代表的加工品:梅干しの国内消費量は年々減少しているようです。
梅を食べる人が減っている今、梅の文化を未来に繋ぐことも難しくなっているのではないか……。
そんな危惧を抱いたポケマル編集部は、青梅の収穫期直前の5月下旬、日本一の梅産地:和歌山県の2人の梅農家さんを訪ねました。
現役の梅農家さんは、梅の未来をどうとらえているのでしょうか?
◎【うめ未来会議】は、前後編の2回に分けて、お届けします。
前編:オーガニック南高梅農家、深見優さん
Producer
深見優(深見梅店)|和歌山県西牟婁郡上富田町
世界遺産・熊野古道の玄関口の紀州口熊野で有機栽培(無農薬・無化学肥料)にて南高梅を育てています。有機梅干し専門店「やさしい梅屋さん(有)」深見梅店の店長、深見優と申します。
紀南で梅とともに歩むこと1世紀
紀南・口熊野。
山々が連なる険しい土地は、決して農産物の生産に向いた場所ではありません。江戸時代、徳川御三家のひとつである紀州徳川家は政策の一環で、土地柄を生かした梅栽培を奨励したことが、梅の名産地としての紀南のはじまりでした。
積極的に梅が栽培され、収穫した梅をその場で塩漬けし、海路にて江戸へ運ばれました。紀州の梅干しは大名や高貴な人々に愛される高級品として愛され、徐々に庶民に広まっていったといいます。(参考1)
まさしく、日本一の産地・和歌山紀南。歴史と伝統が根付く場所で営む深見梅店では、梅の生産のほか加工、販売を行っています。
訪問したのは青梅の収穫が本格シーズンを迎えようとする時期でした。2018年春は暖かい日が多く、梅の生長も例年より1週間ほど早まっているそうです。
取材時は梅の木の下に青いネットを張る準備中。完熟し落下した梅をネットがキャッチする
紀南の梅文化の一端を担う深見梅店の畑は、山の頂上付近に位置します。
そう話しながら深見さんが招き入れてくれたのは、青々と木々が揺らめく急斜面の畑でした。
険しい急斜面の畑をスッスッと降りていく深見さん。一方、恐る恐るゆっくり下っていくポケマル編集部……
数年前から有機JAS認定*を取得し続けている農園は、生命力を体現したような自然の力強さに溢れていました。
畑の新陳代謝計画。未来へ繋げる梅の味
急斜面にがっちりと根を張る木々を見る中で、深見さんがふいに足を止めます。
「これももう収穫できるやつですわ」と、もぎたての青梅を渡す深見さん
今後、このような木々の老化が進んでいくと見越した深見さんは、昨年畑への大きな”手術”に踏み切ったといいます。それが改植計画、畑の新陳代謝です。
改植で新たに植えたのは樹齢3歳となる苗木です。これからすくすくと育ち、深見梅店を支える重要な役割を担うといいます。
3歳の梅の木。ちょうど腰ほどの高さ
そうして次に向かうのは昨年改植した畑です。一歩踏み出した途端、ふんわりと沈み込むような柔らかい土に驚いてしまいました。
——え、ここ地面がふかふか……!?
「とても貴重なものなので……」とのことで、詳細は非公開の動物性堆肥。サラサラとしていて全くの無臭だった
肥沃な土壌でぐんぐん育ち、深見梅店の主戦力となるであろう若い木々たちの横には、役目を終えた老齢の木が保管されてありました。
「梅の木の皮を使って染める「梅染」などに活用できたら」と深見さん。
職人の感覚がモノを言う、梅干し加工
お次は畑から車で数分の場所にある加工場へ向かいました。深見梅店では自家栽培を行いつつも、加工・販売業にも力を入れています。
①漬け込み
見せてくださったのは2tの漬け樽。4人入れるお風呂ほどの大きさです。中にはぎっちりと梅が漬けられているのが、樽の壁越しに透けて見えます。
深見さんが重い蓋を持ち上げて、中を見せてくれました。ぎっしりと詰められた梅が、梅酢の中から顔を見せています。
まずはここで塩漬けを行います。
②干し
3ヶ月ほど漬け込まれた梅は、次に干しの工程へ進みます。
こちらは木製の干し台と麻布。これは先代から引き継がれてきたこだわりの道具なのだそうです。
「木が梅の水分量をちょうど良く調整してくれるんですかねえ」と深見さん
——気候を考えながら梅の様子を観察する……具体的に梅がどんな風になったら干しあがりなんですか?
③熟成
干し終えた梅は最終工程の熟成へ進みます。倉庫の中には熟成中の梅干しがぎっしり格納されていました。
見せてくださったのは熟成5年目の梅樽。ふっくらと赤く染まった梅干しから立ち上る梅干しの香りに、思わずヨダレが垂れそうになりました。
ここでじっくりと熟成させ、注文が入り次第出荷を行うのだそうです。
「そんなんできるワケない」→「ええわやったるわぁ!」
3代目であるお父さんの背中を見て育った深見さん。しかし「跡を継ぐ気はまったくなかった」と語ります。
それが2006年7月に発生した集中豪雨でした。裏山が土砂崩れを起こし、加工場が全壊。3代続いてきた深見梅店は存続の危機に立たされました。
当時、大学生だった深見さんは急遽半年休学し、再建の手伝いをしに地元へ戻りました。
2006年の土砂災害で被災した場所。山が崩れ、麓にあった製造工場が全壊した
現在はコンクリートで整備され、小さな施工記録が残るのみとなっている
その後、どうにか再起を果たした深見梅店でしたが、深見さん自身は大学卒業後、服飾関係の会社の営業職に就職しました。
しかし、「親子仲はあまり良くないかも……」と、照れくさそうに語る深見さん。
理想の梅を求めた結果が有機JAS認証だった
深見さんの理想、それは農薬も化学肥料も使わない南高梅栽培でした。梅が名産の紀州地域ですが、オーガニックにこだわっているのは10社に満たない中での挑戦です。
深見さんは続けます。
2008年には漬物で初となるモンドセレクション金賞を受賞
有機栽培は慣行栽培に比べて収穫量が少なかったり、梅の実の見た目が悪く市場に卸すことが難しいなど、経営的にはまだまだ苦しいといいます。
国内市場では苦労を重ねた分だけの評価が得にくい一方で、最近は海外から買い付けの話が入り始めたそうです。
日本の伝統食である梅干しが海外で評価されることは喜ばしい一方、国内での梅消費は深刻な課題を抱えています。国内1世帯当たりの梅干し購入量は、2002年をピークに、年々緩やかに下降を続けています。(参考2)
この現状に、深見さんは危機感を覚えつつも、決して悲観はしていませんでした。
急斜面の畑を軽快に歩き回り、梅の様子を語る深見さん。
ふと地面をみると、小さな小さな梅の木が生えていました。
照れくさそうにはにかみながらも、そう唱える眼光は鋭いものでした。情熱を胸に抱き汗を流す若き梅農家の元に、今年も収穫の季節がやってきました。
文中注釈:
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writer&editor&illustrator 自転車や地域文化、芸術を専門に執筆。東西奔走、自転車に荷物を積み離島へひっそり渡航するのが生きがい。2012年に短編小説『常套的ノスタルジック』が筑波学生文学賞 大賞を受賞。2016年執筆のルポルタージュ『ワニ族の棲む混浴温泉』が宣伝会議 編集ライター講座大賞を受賞。他、自転車雑誌やグルメ系Web媒体など幅広い分野で執筆を行っている。旅のイラストなども随時発表中。公式サイトmiyuo10qk.wixsite.com/miyuoshiro
編集=中川葵