人気料理店が「日本一」と唸る若手漁師軍団の取り組みとは?『dancyu』主催「漁師が教える本当においしい魚の食べ方」イベントレポート

2017年2月18日(土)の昼下がり、江の島にて。雑誌『dancyu』さんによる食のイベント「漁師が教える本当においしい魚の食べ方」が開催されました。


会場は、湘南で鮮魚を扱う人気店「江ノ島小屋」を貸し切って。


お天気も良く、お店の背景にはキラキラと輝く江の島の海が見えています。


14時。

今回のイベントを企画された『dancyu』の三橋英之さんと、今回の主役である石川県七尾市の漁師・順毛弘英さんの挨拶を合図に、イベントはスタートしました。


『dancyu』の三橋さん


石川県七尾市の漁師・順毛さん



早速お料理が運び込まれていきます。


本日のメニューです。

なんとこちら、「江ノ島小屋」のオーナーである相澤さんが、一枚一枚手書きされたもの。


順毛さんが所属する「鹿渡島定置」の漁師さんたちが獲ったお魚をつかったお料理のラインナップが並びます。



まずはじめに並んだお料理がこちら。

写真:小林俊仁

写真:小林俊仁

写真:小林俊仁

写真:小林俊仁


能登牛サーロインの炭火焼き(能登の塩で)、白子ポン酢と巻き鰤と燻製チーズ。


そして日本酒好きの漁師さんがオススメする、能登のお酒も登場。

写真:小林俊仁



日本酒大好き、漁師の栗原さんが日本酒について解説してくれます。


会場は、初対面同士の方も多いなか、美味しいお料理とお酒に緊張もほぐれ一気に賑やかなムードに。


料理長自ら、お料理の説明も。


お店のオーナー相澤さんは、能登伝統の「巻き鰤(まきぶり)」について、各テーブルを回って説明しています。


でもこのイベントの目玉はこれだけではありません。タイトルにもあるように、「漁師さんにお魚のことを聞いて、もっと美味しくいただこう!」というのが今回の趣旨。


漁師・順毛さんが、能登での漁について語ってくれます。


まずこの地図の場所が、順毛さんたちが漁をしている石川県七尾市。能登半島の陸の孤島とも言われる場所です。


順毛さん「今はどこも漁業は、若手不足ということが言われていると思いますけど、僕たちのところは若者が集まっていて、平均年齢は30代です。」


「僕たちが取り組んでいる漁法『越中式定置網』についてご説明します。


定置網には幾つかのパーツがあるのですが、箱網(はこあみ)という部分に迷い込んできた魚を獲ることになります。船で定置網のところに到着すると網を機械で水面近くまで引き上げて魚の逃げ道をなくし、奥へ奥へと追い込んでいきます。

その網の引き上げを行っている船とは反対側にもう一つ船をつけまして、船と船で囲いこむような形で魚を獲ります。」


「奥まで追い詰められた魚がこちら。

ここでは、目の粗い網を使って大きい魚と小さい魚を仕分けています。小さい魚は網の目を通り抜けていき、大きい魚が残るような仕組みになっています。」


「そしてその魚たちを、船の上の魚槽に入れ込みます。

定置網量というのは、どのくらいの魚が獲れるかどうかは、その時になってみないとわかりません。多い時だと10tほどの魚になることもありますし、少ない時だと100kgほどしかいないこともあります。」


「季節にもよりますが、水揚げの後はこんなご褒美があることもあります。綺麗な朝焼けです。こういうのを見ると、自然と一体になって仕事をしていることを実感します。」


「次に私たちがやっている取り組みについてご紹介します。

まず、船上神経締め


今日会場にも来ている栗原くん。彼が、(飲食店用や個人向けの魚に関して)神経締めをほとんどすべてやってくれています。他の誰にも真似できないようなスピードで次々と神経締めを行う、まさに「神経締めマスター」です。


神経締めは、まず魚の脳にピックで穴を開けます。その脳から、脊髄にかけて神経が通っているのですが、その穴に針金を通していく作業になります。

この作業をすることで、からだの方に「死んだ」という情報を伝達するのを遅らせることができます。この作業をスピーディに、しかも目に見えないところにピンポイントで針を入れていくことができるのが、彼の凄いところです。」


「また、魚を地べたに置きながらやってしまうと、身が圧迫されて潰れたりアザみたいなものができたりしまうのですが、それを避けるために、一連の作業を空中で行います

下手な人は、地べたに押し付けてやるのですが、そうすると神経締めができても身の方が潰れてしまい、食べても美味しくない状態になってしまいます。」


「神経締めの仕組みについて説明します。

魚介類を含む生き物は、絶命したあと死後硬直に向かい、完全硬直して、腐敗していきます。

神経締めをすることで、この死後硬直開始から完全硬直するまでの時間を遅らせることができます。完全硬直するまでは、あまり鮮度は落ちないので、この時間を長くすることによって、鮮度をより長く保つことができます。」


「「江ノ島小屋」さんのところへは、自分たちのところから発送して次の日に届くのですが、神経締めをしているので、朝獲れに近い鮮度の良い状態でお届けすることができます。

神経締めの作業を行うのと同時に、脱血(だっけつ)を行う必要があります。血というのは腐敗を早めたり、魚臭さの原因にもなります。なのでこの血を抜く作業をしっかり行うことで、魚はより美味しくきれいな身になります。」


「こちらが、だいたいのスケジュールです。

3時に出港し、魚を獲ったら神経締めをし、その後梱包の作業があります。


実はお魚を美味しい状態で届けるためには、神経締めだけでなくこの梱包がとても大事です。

冷やしすぎてしまうと死後硬直を早めてし舞うので、冷やしすぎないよう温度管理も徹底します。直接真水の氷には当たらないような梱包をし、魚の氷焼けを防ぐほか、氷の上にクッション材をひくことで、魚に氷の痕がつかないようにも工夫しています。」


「先ほど申し上げたように私たちは定置網量なので、すごくたくさんの量の魚が獲れることがあります。そういう時でも神経締めをするとなると、一匹一匹やっていく必要があります。

ほかの定置網量の船がなかなか神経締めをしないのは、やはり面倒くさいからという理由が一番大きいです。


僕たちは命を頂いて生きています。そういうなかで、その命をより美味しくいただけるように努力して、そうして結果的に評価してもらうこと。これは、寒いなかでも朝早く漁に出て魚を獲っている僕たち漁師にとっても意味のあることなんです。

そうして僕たちがこだわったお魚を、さらにこうして美味しく料理していただける「江ノ島小屋」の皆さんにも本当に感謝をしています。」



(拍手)


その後さらに順毛さんに質問を投げかけてみました。鹿渡島定置の漁師さんはみなさん神経締めをできるのでしょうか?


順毛さん「うちでは、先ほども言ったようにほとんど全てを、栗原がやっています。

他のメンバーに関しては、可能性のありそうな人に個別に声をかけて、教えながら少しずつやらせてみる感じですね。」


「可能性のありそうな人」ってどんな人なのか尋ねると、順毛さんと栗原さんは口を揃えて「正直な人」と言いました。


「技術自体は練習すれば誰でもできるようにはなるのですが、失敗したときに、上司である僕たちに対して失敗をきちんと報告できる正直さがあるかどうか、これが一番大事ですね。

もし失敗したものをそのまま気づかずに送ってしまって、取引先の信頼を失うことが一番恐いことですから。」




さて、そうしている間にも、どんどんお料理は続きます。



写真:小林俊仁


写真:小林俊仁


能登鮮魚の刺身盛り合わせ、能登の野菜の一品、木村功さんの伝説の牡蠣フライ、アオリイカの一夜干し・・・


写真:小林俊仁

写真:小林俊仁


鱈ちり鍋、まかない丼と鱈鍋のスープ・・・


盛り上がっています!






お料理も終盤になり、あたりも暗くなり始めたところで、「江ノ島小屋」のオーナー相澤さんから、なぜ「鹿渡島定置」のお魚を選ぶのかについてお話がありました。


相澤さん「鹿渡島定置さんとの出会いは、2011年の震災の年になります。

うちはもともと、ここの目の前のお魚を100%使っておりました。ところが、台風になるとお魚が獲れなくなったりだとか、やはり一社だけの取引だと心許ないこともあって、もう少し分散したいなということ感じておりました。


そんな矢先に東北の大震災がありまして、このあたりも計画停電があり、津波を伴う余震があると言われ、そして上からは粉が降ってくると言われました。

そうなってくると、みなさまの胃袋を満たす代理人としてやっている我々としては、ちゃんとしたものが出せない。そういうわけで、2か月間お店を閉めておりました。


その間、それぞれのメンバーが、関東から離れた全国に散らばりまして、食材を探して戻ってきて営業を再開したんですね。それを機にその後も食材探しには力を入れるようになりました。


そうしているうち、こちらの刈込君という彼が、実家が富山だそうなんですが、『日本海のお魚がいいんじゃないですか』という話がありまして、能登の方に行きました。

その時に、飛び込みで行ったのがたまたま「鹿渡島」さんだったんです。」



「どこに惚れ込んだのかと言いますと、能登半島の陸の孤島と言われる場所でですね、平均年齢三十数歳という若者たちが一生懸命になってやっているんですね。

一緒に船に乗せてもらったときに、この若者たちと良いお魚使ってやりたいなぁ!という気持ちになってまいりまして。それからお魚を分けていただくことになりました。


もちろん、お魚の鮮度や状態はどうなんだという話になります。特に船の上でどのような処理をしているのか、そしてその後どのような梱包で発送をするのか、というところが気になるわけですが、私も日本全国いろんなところをめぐりましたが、私が見る限り、彼らのところが日本で一番だと思います。


写真:小林俊仁


というのも、彼らは丹精込めてやっているんです。


メディアの影響もありまして、脱血や神経締めということが流行ったんですね。お金にもなるものですから、脱血や神経締めをやりましたと言って値段を釣り上げようとするような人たちもいたりするのです。

でも開けてみなければわからないんですね。お魚の向こうに料理人やお客様がいることをわかって想いを持ってやっているのか、ただ「お金になるから」とやっているのか、というのは全く違うのです。

もちろんちゃんとやっている方も沢山いるわけですが、その中でもさらにちゃんとしているのが、この「鹿渡島定置」の方々だと思います。

いろいろなところへ脚を運びまして、五感で日本一番だと思っております。日本で一番ということは、世界で一番です。



相澤さんからの熱いメッセージに順毛さんは。


順毛さん「本当にこのように言っていただけて僕らも励みになります。

漁師というのは『獲って誉れ』というように、人より多く獲ったり人より良いものを獲ったら終わり、ということがあるんですね。

基本的には市場に出して終わりで、それを高く売ったり、美味しくしたりというのは、他の人の仕事という考え方が主流です。



ただ、僕は、神経締めを習いにいったときに、『魚って一次処理の違いで、こんなにものが変わるんだ』とびっくりさせられてしまったんです。

それまで、自分たちが獲った魚が一番うまいくらいに思っていたんですが、全然そうではないとわかって。


もっともっと美味しくなりますし、僕たちは命を頂いて生きているので、それを美味しくしていただくことで、お魚たちの命にも報いることができると。


さらにはそうすることによって、僕たち自身の取引も広がりました。こうやってお褒めの言葉もいただくことで、励みになるだけでなく、『下手なことは絶対にしたくない』という気持ちも強まります。今が最高地点だとは思っていないので、もっともと技術を磨いて頑張っていこうと思います。



***


今回のイベントを通じて、飲食店と漁師さんの理想的な関係性を垣間見たような気がしました。


美味しいお魚を獲って送ってくれる漁師さんあっての飲食店。そして、その素材を美味しく料理してくれる飲食店あっての漁師さん。

海でお魚が獲れて、私たちの口に入るまで。どうしてもその過程を忘れてしまいがちですが、いつもでなくてもいい、たまにでいいので、そのことを思い出す瞬間を持ちたいものです。


そしてそれが、こんな最強タッグの料理を通してなら、なお最高ですね!




鹿渡島定置さんは、個人の方向けにも、丁寧に船上神経締めをし、さらに寿司職人が捌いてお魚を送ってくださいます。

人気料理店が「日本一」とうなるその味をぜひご自宅でもご堪能ください!

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