なかほら牧場”奇跡の酪農”の舞台裏——1次産業×企業の新たなあり方

ある牧場が生産する1本1100円の牛乳が、飛ぶように売れたのをご存知でしょうか。

岩手県岩泉町にある、なかほら(中洞)牧場。2018年1月末、日本テレビのグルメ番組「満天☆青空レストラン」と、サンバリュ「世界でたったひとつのプレミアムテスト」で紹介されたことがきっかけで注文が殺到しました。

さらに最近では100g・2000円のグラスフェッドバターも各メディアで紹介され、なかほら牧場の認知度はぐんぐん急上昇中です。


なかほら牧場は、24時間365日の自然放牧や自然交配・自然分娩・母乳哺育(生後2ヶ月程度)など、”ウシのありのままの姿と食性の維持”に徹底的にこだわっているのが特徴です。

そしてもう1つ、意外と知られていない事実があります。今回は、なかほら牧場の知られざる一面を通して、一次産業の支え方について考えていきます。


一次産業を支えるのは、都市の”消費者”だけなのか


「キャベツの価格が急騰しています!」


「サケが記録的な不漁に!」


私たちは常日頃、そんなニュースを耳にします。地球温暖化の影響でしょうか。特にここ数年は天候不順や自然災害が相次ぎ、そうしたニュースを目にする機会が増えたと感じる人も少なくないでしょう。

ポケマルは以前から、そんな事態に直面した際の生産現場の苦悩や本音をお伝えしてきました。

(例えばこちらの記事→「台風で傷ついた野菜の行方は?廃棄か、安売りか。揺れ動く農家さんの苦悩と本音」


私たち人間は、自然に抗うことはできません。悪天候に見舞われたとき、野菜が採れずに小売価格が高騰するのはむしろ当たり前。

ですが、そのしわ寄せは生産現場に及んでいることが多いのが実態です。安売りしたり、やむなく廃棄したり……。


「台風のせいで今年は赤字だ。また借金が増えてしまった」


そんな声が、今にも聞こえてきそうです。そうやって生産現場に過剰に負担を強いる状態を、このまま放置していたらどうなるでしょうか。ただでさえ、生産者が減っている状況なのに。


だからこそ、私たち都市に住む消費者が支えよう——


ポケマルマガジンでは、そういったメッセージを込めたコンテンツを発信してきました。


一方で生産現場を支えられるのは、果たして都市の消費者だけなのでしょうか。

例えば、都市の企業はどうでしょうか。資金力を生かして経営をバックアップしたり、あるいは自社のノウハウを駆使して販路を開拓したり。いろんな手法が考えられます。


そこで、再びなかほら牧場の登場です!

牧場は標高700〜850mの場所にありますが、もう1つの拠点が東京・赤坂にあります。しかも、青山通りに面した大きなビルの一室に。

そこに、生産現場と都市の企業の関係を紐解くヒントが隠されていました。


「酪農の原点を、次の世代へ」都市部の社長が見つめる農業

”農業生産法人 株式会社企業農業研究所”

赤坂のオフィスを訪ねると、何やら聞き慣れぬ会社名が。実はこれ、なかほら牧場の法人名称なのです。

レンタルサーバサービスやインターネット電話事業などを手がける株式会社リンクが出資し、2010年に立ち上げた農業生産法人。そもそも、IT企業がなぜ牧場経営を?


「なかほら牧場には欧州ですら失われつつある、現代社会が追究すべき農業の原点があります。これは次代につなげないといけない。そう思ったんです」


こう話すのは、株式会社リンクの岡田元治(がんじ)社長です。その経緯や狙いについて、詳しく聞きました。

「次代へつなげていきたい」と語る岡田元治 社長


——なかほら牧場との出会いは?


自社のオンラインモールで2006年から売らせてもらっていました。ですがそれから3年して2009年の末に、なかほら牧場が経営危機に陥りました。そのとき「うちが支えますよ」と当時の社長、中洞(なかほら)正さんに伝えたのが、今に至る経緯です。


——それからどのような体制に?


明けて2010年の2月に農業生産法人(企業農業研究所)を立ち上げ、その後現地に製造棟や事務棟などをつくりました。現在は、企業農業研究所が牧場の管理・製造・出荷をやり、リンクが流通・販売・運営管理などを担当しています。いわゆる6次産業型の協業ですね。


——それにしても、なぜ「支える」と?


「奇跡のようにすばらしいこの酪農を残さないと」と思ったからです。

味もさることながら、私が最も惹かれたのは、山地(やまち)酪農*のコンセプトです。自然交配・自然分娩のノーストレスの健康な牛、牛舎を使わない通年昼夜放牧、輸入配合飼料なしの野シバ飼いなど、牛本来の食性と生態を守っている。(現・牧場長の)中洞さんは、30年以上かけてこの山地酪農を確立しました。こんな場所、他にはほとんどありませんよ。

*山地酪農とは:山の斜面を利用して、農薬や肥料を使用せず、自生する野芝主体の野草で飼養する酪農手法のこと。




——都市の企業と農業との協業は珍しいように思います。


農業も漁業も林業も、たった一度の自然災害や天気不順で、大打撃を受けるケースは珍しくありません。365日一生懸命育てても、一瞬で赤字になり、借金が溜まってしまう……。

それを私たちのような都市部の企業が支えられれば、持ちこたえられますよね。莫大な広告費に比べれば、そうした赤字の補填はそれほど大きな負担ではないです。


——都市の企業が支える、というのは新鮮です。


「支える」と言うと偉そうに聞こえますが、考えてみれば私たち都市生活者の胃袋や健康は一次産業に支えられているわけですよね。ところが都市生活者は、スーパーやデパ地下の向こう側にある一次産業の実態を見ようとしない人が多い。

いやいや、そうじゃないですよ、と。その向こう側にはいい食材を一生懸命つくってくれている生産者がいます。私たちの胃袋を支えてくれているのは、そういう人たちじゃないですか。一次産業の経営を支えるということは、まさに自分たちの生活のためでもあるのです。

まじめに考えれば、支えるに値する一次産業を自分たちのため、国土保全のためにつないでいくのは当たり前なことだと思います。昔は政治家や官僚が政策として推し進めてくれた時代もあったようですが、この頃は彼らがこの体たらくですから、もう自分たちでやるしかない(笑)



——岡田さんの目から見た農業の課題は?


中洞さんをはじめ、農家にはアーティストが多いです。自然には強くても、経営や数字に弱い。しかも家族経営が多く、次代につなぐための組織経営が難しいことが課題でしょうか。もちろん彼らだけの問題ではなく、買い叩く流通・小売業者やそれを知らずに買う消費者も問題です。

買い叩かれて儲からない。災害にあっても、行政の支援は遅いし少ない。社会の尊敬はない。将来の展望もない。そんな状況のなか、親は子どもに「継いでくれ」とは言えません。私が農業者でも子どもは街に”逃がす”でしょう


——農業と都市企業。どんな関係が理想的でしょうか?


農業マインドがあり、かつ私たちのような中小企業と組むのがいいでしょう。実際にやってみて痛感しましたが、農業は数年で結果が出るようなものではありません。上場企業や上場をめざす企業には難しいでしょうね。

投資家の厳しい目にさらされる上場企業は、儲けが出なければ、主要株主が構成する経営会議で「その事業は削れ」と言われます。赤字決算だったらメインバンクからも「切れ」と言われます。



都市企業と農業の”協業”モデル

岡田社長率いるリンクと、なかほら牧場の関係。これは、都市部の企業が支える新たな農業モデルといえそうです。

ただリンクには、それ以外にも狙いがありました。それは、IT企業であるリンク自体の社員の高齢化対策だと岡田さんは話を続けます。


——社員の高齢化対策とは?


寿命が延びた結果、年金受給開始年齢や定年もどんどん延び、将来的には70歳前後にまでなるでしょう。高齢者の継続雇用は、都市部の企業全体の課題でもあります


——なかほら牧場の業務が、その受け皿になる得ると?


私たちの事業基盤はITです。例えば65歳の社員がIT業務のフロントに立たされるのは、本人にとってもお客さんにとってもつらいことです。つまり、リンクにとって企業防衛の側面もあるんです。今、東京にもなかほら牧場の担当スタッフは10人ほどいて、事務や企画、販売管理などの業務に携わっています。



企業農業研究所が設立されてから約9年。ようやく苦しい状態を脱し、少し明るい兆しが見えてきたと岡田社長は話します。


——なかほら牧場とリンクの関係は、これからどうなるのでしょう?


健康と農・食の関係に気づきはじめた生活者や、応援してくれる取引先のおかげで、ようやく展望が開けてきました。

僕の経営者としての役割は、牧場の経営を安定した状態で次代に渡すことです。

地方の一次産業が疲弊したら、都市の食卓からまともな食材はどんどん減っていきますよ。そのことを知り、私たちのような協業の動きが広がってほしいですね。


「都市の企業」と聞くと、どうしても漠然とカネのイメージがつきまといがちです。ましてや、ITという響きはその警戒感や不安を増殖させます。

確かに、企業の介入によって苦い思いをした生産者もいるでしょう。しかし、なかほら牧場とリンクの関係はそうした不安を打ち砕き、むしろ期待を抱かせてくれます。


都市の企業が、自分たちの胃袋を支える地方の農業と協業する——


これは、一次産業を支える新しいあり方のひとつと言っていいでしょう。こうした動きが広がることを、私たちも期待しましょう。


ポケマルでも出品中! なかほら牧場の商品

中洞正さんの出品をもっとみる

卵・乳の出品をもっとみる

Writer

近藤快

化粧品専門誌の記者として8年勤務。東日本大震災後、業界紙・東北復興新聞にプロボノで参加、その後専属に。他に、企業のCSR・CSV、一次産業、地方創生などのテーマで取材〜執筆している。


Magazine

あわせて読みたい