利尻昆布はどう作られる?漁師と利尻島民の夏の1日を追いかけてきました

太陽が顔を出した午前4時、朝日を反射して艶やかに光る昆布たち。

広場に集まった20人ほどの島民たちが、水揚げされたばかりの昆布を砂利敷きの地面に並べています。

上品な味わいで知られ、高級な会席料理などで使われることも多い利尻昆布。日本最北の火山島に伝わる利尻昆布の今を知るために、私たちは北海道利尻島へ行ってきました。

\この記事は2本立てです/

  1. 前編:利尻昆布はどう作られる?漁師と利尻島民の夏の1日を追いかけてきました(この記事です)
  2. 後編:「人と関わると面白い」最強ブランド"利尻昆布"漁師が6次産業化に挑んで知ったこと

目次

ここに目次が表示されます。

その人は夜明け前に現れた

2019年7月10日未明。

北緯45度、日本最北の火山島である利尻島の、この日の日の出時刻は午前3時57分頃。東京よりも36分早い朝の訪れに向けて、利尻の空は刻々と明るくなります。

夏とはいえ、未明の気温は12.9℃、風速は7.9m/sでした。雨は降ってはいないものの、白波が立つ程度の強めの風が吹いています。

しっかりと重ね着していても寒いくらいの暗闇から現れたのは、ランニング姿の男性でした。

神成 誠(かんなり まこと)さん。ここ利尻島で名産の利尻昆布を育てる漁師です。

いや、俺だって寒いんだよ。だけどね、これのほうがわかりやすいんだよね。
毎晩、こうして漁に出るか出ないかの判断するの。『YAHOO!天気』見て、アメリカの方で出している雲の動き見て、あとは天気図を見て、最終判断は夜露

露が降りるとだいたい晴れる。それでも、湿度や風の吹き方で露の降り方も違ってくる。肌で直接感じて決断するわけですよ

そんな話をしながら、薄明の漁港へ。

今回は利尻昆布の生産現場の一部始終を見に行きます!


利尻昆布を収穫しに、海へ

午前3時40分、船は港を出た

最高級昆布として名高い「利尻昆布」は利尻島近海でとれる昆布の総称です。天然物と養殖物があり、今回訪問した神成さんが扱っているのは養殖昆布です。

天然と養殖には違いがあるのでしょうか。気になるところではありますが、まずは昆布収穫の様子をご覧いただきましょう。


海上のブイを引き上げて、びっしりと昆布がぶら下がっているロープを海中から回収していきます。

船の後ろまで数メートルひっぱり1セット。

船に設置されているロープを引っ張る機械は、一定間隔で自動的にロープが落ちる仕組みになっているようです。

「ウィーン、ガシャン、ウィーン、ガシャン」モーター音と昆布が船底に落ちる音を何度か繰り返し聴いているうちに、たちまち船上は昆布でいっぱいになりました。

まさに今水揚げされたばかりの、生きている昆布たち。

しっかりとした芯のある触感と、べっ甲のようにツヤツヤと光る肌を見つめていると、噛みついてみたい衝動に駆られます。

船の後端に座らせてもらった筆者の膝も昆布で埋まり、山盛りの昆布と共に港へもどる頃には、あたりはすっかり明るくなっていました。


着岸すると直ちに陸上げ作業が始まります。

先ほどまで海の中を漂っていた昆布たちは、スプラッシュの洗礼を浴びてから、トラックの荷台に引き上げられていきます。

高低差3メートルはあるでしょうか。想像以上の昆布のスケール感に、作業する人が小人のように見えます。

火山島である利尻島では、島のどこからでも利尻山が見えます。その麓で昆布を巻き上げる漁師さんたちの姿に、島と海と人の豊かな三角関係を感じてひとりニヤニヤ。


【解説】天然昆布と養殖昆布の違いとは?

天然物と養殖物。その差は「自然に生えたか人の手で育てられたか」とか「天然物の方が高品質」という単純な説明で終わらせることができないほどに、興味深いものでした。

①種の採り方が違う

神成さんの利尻昆布

まずは種の違い。昆布は胞子(遊走子)で増え、天然でも養殖でもその点は同じですが、胞子の増やし方が違います。

海底に自生している天然昆布は、寿命である2年目の終わりに胞子を出し、それが次世代の昆布につながります。そして、一般的な昆布養殖では、天然昆布が出した胞子を採収して養殖に用います。

しかし、利尻の養殖方法は一般的な養殖方法とは違います

利尻の養殖昆布は、胞子を出す前の昆布である「種昆布」から養殖漁業者たちが育てているのです。

大きなプールのような水槽で種昆布を2年間育て、水温調整により種昆布の発芽を促すと、種昆布から一斉に胞子を放出させることができるのだそう。その胞子が付着したロープを海の中で育てます。

種昆布から育てる利尻の方法は非効率的なように感じるかもしれませんが、天然昆布に頼る方法では、天然昆布が減少傾向になると養殖の元となる胞子を採収することも難しくなってしまいます

種昆布からの養殖は、貴重な天然資源を守りつつ利尻昆布の文化も守ることができる、持続可能な昆布生産方法といえるでしょう。


②育ち方が違う

ロープに根を張り下に伸びる養殖昆布

天然利尻昆布と養殖利尻昆布は、それぞれの生え方にも違いがあります。

岩場に根を張り海の底から海面に向け下から上へ伸びていく天然物に対し、養殖物は逆。海底から25~30mくらいの場所に設置したロープから下へ向かって伸びていきます。


神成さんが養殖をしている鴛泊(おしどまり)地区では、天然物と同じような条件で一等級の昆布を作り上げるため、育成期間中も丁寧に世話をしています。

成長スピードの速い養殖昆布はどんどん増えます。しかし、生え放題にしてしまうと葉の大きさがまちまちになったり形がいびつになったりと、たとえ大量に収穫ができても品質としてはイマイチになってしまいます。

そこで、手作業で「間引き」をして、1株あたり5~6枚の葉になるように調整するのだそうです。


③品質・味が違う

お手軽なのは養殖昆布(写真:出汁だけじゃない!簡単”昆布じめ”、絶品”昆布ご飯”…7つの昆布レシピをご紹介より引用)

育ち方の違いは、昆布の特徴の違いに現れます。

まず長さ。天然物は1.1~1.2mくらい、養殖物は2.5~3mくらい、長いもので5mくらいの長さに成長します。

次に、身入り天然物は身入りが厚い、要するに繊維が多く詰まっています。養殖物は長く伸びる分、繊維の詰まり方は薄くなります。


このように言ってしまうと、「なーんだやっぱり天然物がいいんじゃない!」と思われるかもしれませんが、そう単純にはいかないのが、昆布の深みというもの。

確かに天然利尻昆布は高級料亭などで重宝される最高級品ですが、それは出汁とりの技術や時間があってこそのこと。身入りが厚く繊維が詰まっている分、成分を最大限に引き出すのが難しい……つまり、出汁が出にくいのだそうです。

昆布は出汁の取り方で味が変わる(写真:味も歴史も奥深い「昆布だし」。正しいとり方を実験で検証したよより引用)

天然に比べて繊維の詰まり具合がゆるく出汁が出やすい養殖利尻昆布は、家庭でも扱いやすく、日々の出汁として気軽に使うのにちょうど良いのです。

昆布だし初心者や、「調理に時間はあまりかけられないけど美味しい昆布出汁を取ってみたい!」という方には養殖物がおすすめなのですね。


お天道様と島民の力を借りて、昆布干し

今日の収穫を終え穏やかな表情

午前5時、取材を開始してから既に3時間が経っています。

山盛りの昆布を搭載したトラックと神成さんを追って、漁港から車で数分の場所にある「干場(かんば)」と呼ばれる砂利敷きの広場までやってきました。

日の出時刻を過ぎても、気温は13℃付近から上がっていません。無事に本日の昆布漁を終えた神成さんはさすがにジャンパーを羽織りつつも、風の様子をうかがい、この後の天気を心配しています。

神成さんが天気を心配する理由は、こちら。

先ほど収穫した利尻昆布がロープにつながったまま長く長く置かれ、その周囲にはたくさんの人の姿。

彼らの多くは漁業者ではなく、ここ利尻島に住む島民の方々です。役場勤めの方や、重機のオペレーターをしている方、空港で働く方など総勢20名ほどが出勤前にここに集っているのです。

その目的は他でもありません。利尻の夏の風物詩ともいえる「昆布干し」を行うためです。

ロープから根っこを切り放された昆布たちは、島の住民の手で一枚いちまい砂利の上に広げられていきます。

「お天道様の光で乾かす。洗濯物もそうでしょ?」数ヶ月前、取材相談のための電話口で話してくれた神成さんの言葉が頭に浮かびます。

一般的に、昆布を干す手段は天日機械の2種類があります。神成さんの昆布は半日ほどの天日乾燥の後、機械乾燥で仕上げられます。

しかし、それで製品としての昆布が完成するわけではなく、ここから1年間の熟成期間が始まります。

海から上げて乾燥しただけの昆布は表面に塩がたくさんついたまま。その状態でも出汁がとれないわけではありませんが、かなり塩気がキツく、昆布の甘みやまろやかさを引き出すことができません。

1年間寝かせ湿気を含んだり乾燥したりを繰り返すうちに表面の余分な塩が取れて、昆布本来の旨味があらわれるのだそうです。

昆布の等級は葉の色や幅、厚み、光沢、傷の有無などで分けられますが、昆布の干し方によっては等級が落ちる原因になることもあります。

たとえば、昆布どうしが重なったままだと乾燥したときにくっついてしまい、剥がすときに傷ついてしまうかもしれません。乾かしている最中に雨にあたることも厳禁です。

この日聞いた昆布干しのルール:
  1. 昆布どうしが触れないように間隔をあけて並べること
  2. 昆布がなるべく平らに乾くように、丸まりやすい側を下(=葉柄が盛り上がっている側を上)にして並べること
  3. 東風なら東側に根元を向けて干場の東側から、西風ならその逆と、風向きにより昆布を並べる方向を変えること

神成さんは昆布干しを「洗濯物のように干す」と表現されましたが、実際の昆布干しは洗濯物よりも繊細な作業でした。


利尻昆布という食文化を絶やさぬ為に

作業を終えた神成さん

午前5時45分。

本日の昆布干しが終了し一旦解散となりました。昆布の乾き具合をみつつ午後2時頃に再集合し、こんどは昆布を回収しなければなりません。

利尻島沖で2年をかけて丁寧に育てられた昆布は、1ヶ月から1ヶ月半かけて引き上げられ、島民と太陽の力で干され、回収され、更に機械乾燥と1年間の熟成期間を経て、ようやく出荷となります。

利尻昆布が私たちの手元に届けられるまでには長い年月たくさんの手間がかけられていて、今回はそのほんの一部を覗かせていただきました。

利尻昆布の生産量は年々減少傾向にあり、その最たる原因が人手不足だといいます。生産工程にたくさんの人手を必要とするだけに、神成さんの元でも人材集めには苦慮しているそうです。

もしもこの記事を読んで利尻島や昆布生産に興味を持って、夏に時間をとれる方がいらっしゃったら、夏の間の昆布干しアルバイトを検討してみるのを強くおすすめします。

利尻町の昆布干しアルバイト募集ページ(※この記事公開時のリンク先は平成31年の募集内容です)

なぜなら、夏の利尻島にはこんな景色も、

こんな景色も、

こんな景色も。

とても素適な島でしたから。


▷後編はこちら:「人と関わると面白い」最強ブランド"利尻昆布"漁師が6次産業化に挑んで知ったこと


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文=わたなべひろみ・中川葵 編集・写真=中川葵

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