青森りんご農家、半端ないって。気づけば畑に42品種…全ては食べる人の「美味しい」のため

え、ちょっと待って……!? これぜんぶ、りんご!?

こんなに種類があるなんて、何事ですか!


9月のある日、とあるりんご農家さんの元を訪問した編集と筆者の(嬉しい)悲鳴が、北の空にこだましました。

それはりんご王国──青森県・弘前市でのことでした。酸っぱいりんごに、おいしさのあまりに食べる手が止まらなくなるりんご。岩木山が見下ろす広大なりんご畑には、奥深い世界が広がっていました。

目次

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ここはりんごの品種博物館?

弘前駅に到着した途端、目に入るのはりんごのオブジェ、街を歩いて気づくのはりんご柄のマンホール、公園で流れる音楽は「りんごのふるさと」……。

すごいな、これが津軽りんごの本気か!


そんな本気なりんごの町・弘前で、代々りんごを作り続けている農家さんがいらっしゃいます。それが「まさひろ林檎園」の3代目園主、工藤昌弘さんです。

Producer

工藤昌弘(まさひろ林檎園)|青森県弘前市

まさひろ林檎園は「津軽富士」とばれる岩木山の東側、津軽地域の狭い範囲にりんご園が密集したりんごの一大産地である弘前市にあります。「りんごを通して人に感動を伝えたい!」また、「周りの人たちも幸せな気持ちで笑顔になってもらいたい。」と言う思いをお届けする為に日々頑張ってます。



事務所に訪問し、まず手渡されたのが「まさひろ林檎園」のパンフレット。そこに載るのはずらりと並ぶ多種多様なりんごの数々……。


なにこれなにこれ、りんごってこんなに種類があったんですか? まるでりんご図鑑じゃないですか。

その通り、これはりんご図鑑だねえ。いっそのことこのパンフレットはオフィスの壁に貼ろう! う〜ん、それだけじゃ物足りない。ダムカードならぬりんごカードを作ろうっ!(ごにょごにょ)
 ……ところで昌弘さん、林檎園には一体何種類のりんごが植わってるんですか?


うちで育てているのは全部で42種類。パンフレットに載っているのはその一部、35種類です。もしかすると今後もっと増えるかも……

うおおおおおお!!! すごーいっ!!


日本のお茶の間に欠かせないフルーツ、りんご。スーパーで意識して見てみれば、「ふじ」や「紅玉」など数種類の品種と出会うことができます。

が、35種類……いや35種類? りんごってそんなに種類があったのですね!?

いやぁ〜、食べてみて美味しかったら植えちゃうんですよね。お客さんにも喜んでもらえるかなあって。


実は昌弘さん、林檎園を継ぐ前はトラックの運ちゃんだったという経歴の持ち主。筋肉質で強そうな体格ですが、終始ニコニコしつつ独特のゆる〜い口調でお話ししてくださります。う〜ん、キュート!


キュートな愛猫を愛でるキュートな工藤さん


ちなみにそんな盛りだくさんのりんごたち、どのくらいの面積の畑でつくっているんですか?

最初、父(2代目)から継いだときは1.5ヘクタールくらいだったんだけど、今は全体で東京ドーム2個分くらいの広さ(約8ヘクタール)、その内りんごを作っているのは6.8ヘクタールです。


『うちの敷地は東京ドーム2つ分なんだよね』
という言葉のかっこよさは噛み締めずにはいられません。じゃあそもそもなんで昌弘さんはこんなに沢山の種類のりんごを作っているの? と聞こうとしたそのとき!


あーっ、グラニースミス!ブラムリー!!超すっぱいりんごですよね!

と、食い入るようにパンフレットを読んでいた編集が叫びます。


これはねえ、クッキングアップルですよねえ。熱を加えたら溶けるのでジャムに向いてるんですよ。

他には! ……あっ、紅の夢だ。果肉が赤くて可愛いですよね〜!

これはねえ、たしかに赤くて可愛いんですけど、生食もジュースも微妙で……ジャムにすればまだねえ。

(昌弘さん、けっこう辛辣なのね)


あとはね「はつ恋ぐりん」も爽やかでおいしいよね。ときっていうのは、実は“土岐(とき)さん”っていう女性が作ったからこの名前になって……

へーっ! ほんのりピンクなのが朱鷺(とき)みたいだから、この名前になったんだと思ってました。へぇ、土岐さんが作られたから、な〜るほどな〜るほど!ていうかアルプス乙女もあるじゃないですか、かわいー。あらここには、きおうも! おっ、星の金貨もある。やだうれしい〜。あとあと……

(編集、ただの早口でまくしたてるタイプのオタクになってる……)


取材開始後、わずか数分。りんごの品種博物館さながらのまさひろ林檎園に、ポケマル随一の農業オタクは大満足の様子なのでした。品種マニアが楽しそうで、筆者もなんだか嬉しかったです。


この酸っぱさ、レモン級! りんご品種ワールドへようこそ


そうそう、今、「酸っぱい林檎ジュース詰め合わせギフト」を作ろうかなって思って作った試作品があるんだけど飲んでみる?

すっぱいりんごじゅーすぅ?


そう言って持ってきてくださったのは、「グラニースミス」と「あおり25」、「ブラムリー」、「はつ恋ぐりん」のジュースの試作品。

そういう層にはたまらない(?)ニッチなジュースから、まだ見ぬ奥深いりんごの世界を覗いてきちゃいました。以下、取材現場の声をそのままお届けします。


・あおり25

あっ、くちあたりさっぱり!

これはおいしいね。スポーツドリンクみたい

女性が好きな味なんじゃないかな? 僕もこれ好きです

でもちゃんと口の中で甘味も広がりますねえ



・はつ恋ぐりん

楽しくなってきてしまったため、唐突に寸劇がはじまりました。

これはお見せするだけなのですが……

あらそうなんですかぁ。ちょっと残念

やっぱりそうですよね……? 残念ですよね?

おっ、この流れは??

えーい、開けちゃおーう!!!(キュポンッ)

いぇーい! この、津軽の男前ッ!!

……お後がよろしいようで。


ナチュラルハイならぬリンゴハイに毒されつつ一口。

色は薄い緑茶みたい。香りが全然違う

風味も違うんですね。なんだかフレッシュ〜! 実際に飲んでみると全然違うんですね。味見できて良かったあ


・グラニースミス

ふっふふふふっっふふふ……すっぱうまいっ!

レモンがちょっと入ってるような感じがするね。突き抜けてちゃんと酸っぱい。舌の両サイドがキュってなる

なかなかこれは私好きな味ですよ〜! スポーツ終わりに、キンキンに冷えたヤツをきゅっと飲みたい



・ブラムリー

うわあああ、酸っぱいよう!! これは酸っぱい!

うっ、うまい〜!これはおいしいですよ!

( 注:筆者クエン酸をそのままお水に溶かして飲むほど酸っぱいものが好き)

私も酸っぱいのそんな嫌いじゃないつもりだけど……。いやあ、これはポッ●レモンですね? いや、レモンだな? リトマス試験紙を突っ込んでみたいですよ。紅茶に入れて飲むとか良さそう


 “りんご”ひとつで、ここまで幅広い感想が浮かび上がってくるとは。

ちなみに今回いただいたのは変化球のようなりんごジュースたち。誰もがおなじみのフジや紅玉から、甘いりんごまで豊富に取り揃えているのが「まさひろ林檎園」の最大の特徴なのです。


召しませ、あどはだりんご!津軽プライドいざ語らん


昌弘さんに、ずばり聞いてみました。

津軽を背負って立つりんご──THE津軽りんごってどの品種なんですか?

それは「こうこう」ですね。これはね、弘前大学で育成されたもので学生さんが名前をつけた品種なんです。例えば「高校に受かる」とか「親孝行する」とか、7つの意味があるんだって。味はね、あどはだりするんだよねえ

ADOHADARI!?!?!!!

津軽弁で「クセになる、(食べる手が)とまらない」って意味。一口食べると、「あー、あと一口食べたいな、いやもっと! もっと!」ってなるくらい美味しいということ。しかもこの品種のキャッチコピーが『一番の旬は、収穫後一週間』。つまり食べ時は収穫直後ということですね

美味しく食べられる時期が短い、となると、スーパーではあまり置かせてくれないということ?

おっしゃる通り、津軽りんごブランドを背負うこうこうは、一切市場に出回らない品種なのです


と、ここで出た“津軽りんご”という単語。

確かに冒頭でもあった通り、弘前をはじめとする青森の津軽地方はりんごの一大生産地です。しかし一方で有数の産地として、長野の“信州りんご”も忘れてはなりません。

あのー……実はお聞きしにくいんですけど……。私の経験では、関西方面の方はやたらと長野のりんごを褒める傾向があるんですよねえ。「青森はあかん、りんごは長野や」って。でも、東京で育った私はそんな風に実感したことはなくて……。

実際のところ、どうなんですか?

まずね、りんごシーズンって長野のりんごから出始めるの。だいたいそれが年内の話で、年が明けると津軽のりんごが始まるんです。というのも、津軽には大型の貯蔵施設があり、年明けから夏前までを目処に販売します。一方、長野には貯蔵施設自体が少なく、収穫したものからすぐに出荷していくスタイルなんですね

昌弘さんの畑にももちろん貯蔵庫が。気温は1.6℃!


なるほど、つまり津軽にはその大量の生産量ゆえ日本の1年のりんご供給をまかなう使命があり、貯蔵技術も最高レベルまで高められた。その反面、津軽りんごは旬のいちばん美味しいときにお客さんの元に届くことができなくなった。「長野のより美味しくない」と思われているのは、その人がほんとうの旬の津軽りんごに出会ったことがないからであって、津軽りんごが美味しくないわけでは断じてない!……ということなんですね

(編集、気付けば超前のめりだし超早口だ……しかも分かりやすい。さすが農業オタク…)

そうそう。あとは鮮度の良い津軽りんごは距離的に東京までは届くけど、そこから先にある西の地域には、一番美味しい状態のものは送れないという理由もあります

はー、長年の疑問が解決したー!


つまり関西で信州りんごが人気な理由は、 

・流通は出荷期間の短い長野のりんごから先に売る

・青森産が店頭に並ぶ頃には採りたてではなく貯蔵品のことが多い

・関西圏には青森よりも長野から送った方が効率が良く鮮度も良い

というわけだったんです。


だからね、津軽りんごも美味しいんですよ〜!

と昌弘さんより力強い一言。りんごを冠に持つ地域同士の(ビミョーな?)関係を、わかりやすく解説していただけました。


「食えねえ」から始まった“まさひろレボリューション”

さあ、とうとう待ちに待った林檎園へ潜入です! 


 目の前に広がるのは一面のりんご畑。「でもまだまだこれだけじゃないんです〜」と昌弘さん。

うちの畑はいくつかに分かれていて、合算した面積が東京ドーム2個分ということなんですよ


圧倒的な品種数を誇るまさひろ林檎園ですが、実は毎年新たな品種の苗木を植えているそう。今後もりんごの品種博物園化が止まらないとのことですが……。

最初にもお聞きしたように、実際に食べてみて「美味しい」と思ったら、どんどん植えちゃうものなんですか?

そうなんだよねえ。さまざまな品種を育成している林檎試験場が県内にあって、時々試食会が行われるんです。そこで新種を食べてみて「あ、これは……いい。いけそう、売れるかな?」って思ったら植えちゃうんです

こちらは「おいらせ」という品種

品種を間違わないように木には札が


そんなまさひろ林檎園ですが、昌弘さんが先代から引き継いだときは、まだ10品種程度しかなかったといいます。

そもそも先代では市場に卸していたから、そんな多くの品種があっても意味がなかったんです。 市場はモノが大量にないと買い取ってくれないから……

なぜそこから大きく方針転換をしたんですか?

僕、昔は実家を離れて関東でトラック運送業をしてたんだけど、今から10年前くらいに先代からこの農園を継いだんだよね。ちょうどそのときって、りんごの価格が最低ラインの水準で……。


昌弘さんいわく、当時りんごの価格はりんご箱ひとつ(約20kg/60球程度)で2,000円、つまり市場価格ではひとつ約33円の値段で取引されていたそうなのです。

現在では当時の2〜2.5倍に上がったものの、当時の昌弘さんはかなり悪戦苦闘したといいます。

りんごの樹の下にはクローバーがフサフサと茂っている


やっぱり「これじゃ食えねえ」ってなったんです。そこで改めて考えた時に気づいたのが、市場流通関係者と食べ手との感覚の違いでした


市場が求めるのは安定供給です。

どんなにおいしくても、大量流通に適していなければ話になりません。必然的に、栽培がしやすく均一な品質で日持ちのしやすいものが推奨されてきました。


一方、食べ手側には「おいしいりんごを食べたい!」というニーズが存在します。

たくさん作れるかとか長期保存ができるかなどの流通の都合など、食べ手にはあまり興味の無いことなのです。


「じゃあ自分はその食べ手の声に応えていこう」、それが“まさひろレボリューション“の始まりでした。

農地を徐々に拡大して、自分が美味しいと思った品種を植えて増やしていきました。販路も当初は市場100%だったところを、10年をかけてすべて直販と契約栽培に切り替えました。


すべては食べ手が「おいしい!」と感じてくれるりんごづくりのため。昌弘さんは栽培方法にもこだわっているといいます。

うちはほぼ「葉とらず」なんですよね

葉とらず、と言いますと?

りんごは太陽の光があたると色づきます。だから、一般的な栽培方法では色づきを良くするために早い段階で実の周りの葉っぱを取っちゃうんです。

けれど、葉っぱには光合成で二酸化炭素と水から糖を作るという大切な役割があります。りんごの甘味の元、糖を作っている葉っぱをとってしまったら、りんごの甘味は落ちますよね

だから僕は、葉っぱは取らずに収穫のときまで一生懸命仕事してもらって、甘いりんごを作ってもらえるようにしているんです。

美味しいりんごは、写真のように表面が少しボコボコしていることが多いのだとか!


ひたむきにりんごを愛でる昌弘さん。筆者の「やっぱり息子さんには継いでもらいたいものですか?」という質問に、ほんわかした口調ながらも「いやあねえ……やっぱ、背中で見せてかなきゃ」とピリリと筋の通った言葉が印象的でした。

これから続々と増え続けるまさひろ林檎園のりんごたちは、この日も岩木山が見守る広大な畑でスクスク育っていました。昌弘さん、これからも“あどはだりりんごを沢山食べさせてください!

りんご園の警備猫さんも取材に付き添ってくれました


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Writer

大城実結/MIYU Oshiro

フリーランスライター・編集者。自転車や地域文化、一次産業、芸術が専門。紙雑誌やWeb媒体問わず執筆中。ポケマルでは農業初心者を生かし、わかりやすく愉快な記事の執筆を目指す。イラストや漫画も発表。公式Webサイトhttps://miyuo10qk.wixsite.com/miyuoshiro

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