料理人は農家の通訳者。農家は自然の通訳者。【インタビュー】フレンチシェフ松嶋啓介さん

フランス・ニース「KEISUKE MATSUSHIMA」と東京・神宮前同店の間を足しげく行き来するオーナーシェフ・松嶋啓介さん。

近年ますます「つくる」「食べる」から遠ざかる日本の人びとへ向け、“難しくない”料理教室を開いています。


フレンチのレシピを入り口としながら、歴史、文化、愛(!)を語る松嶋さんに、料理教室共催パートナーの高橋博之(ポケットマルシェ代表)がインタビュー。

料理すること、食事することを掘り下げてみました。



質素なものを共に食えるその関係が大切

高橋博之(以下・高橋):啓介さんは「料理は愛だ」と、よくおっしゃっていますね。子どもに料理をつくったって、それはお金を生まないわけで、無償の愛です。

ただ、現代人は、料理をするにはあまりに忙しい


啓介さんのもう一つの暮らしの拠点であるフランスでは、日本に比べてどうですか?


松嶋啓介さん(以下・松嶋):フランスは、まずは家庭、次が健康、それから仕事。日本は仕事しすぎでしょ。


昨日、うちの店で森の音楽会をやったんです。落ち葉を広げて、自然の森の中にいる雰囲気をつくって。人って、自然に帰ると感性が出てくるんですよね。自然があり、そこに音楽もあり、お酒もあってリラックスして「あした何しようかなあ」と考える。

そういう上手な休み方をするのがフランス人です。


人間は、自然に向き合い、感性が自然によって磨かれるようなことをしているとクリエイティブになれます


畑でもそう。「これ、よくわからないけれど、とりあえず端っこに植えっぱなしにしておいたよ」という遊び心のある生産者なんかは、そうやってテストしながら、こうなっていくのか!と、生育からヒントを得ているんですよね。


つまり、遊び心のある人ほど得られるものがある

でも日本には「遊んでいるのはよくない」という社会通念があって、それで生産性が高まらずに悪循環になっているのを感じます。




高橋:「予定どおりにいかないことは非効率」という考えが日本では支配的ですけれど、実はそれが新しい創造力を生み、生産性につながるということですよね。


これを一日一日の食事に置き換えてみると、日本人には、仕事が終わったら高い金を払って料理を食べにいくことをステイタスとしているようなところがあると思うんです。

その結果、仮に仕事をクビにでもなったら、もう人生崩壊というような心境に陥る。

一方でヨーロッパでは、お金を持っている人でも地元の安いものを食べにいく、という話を啓介さんはよくされていますよね。


松嶋:僕には大切な仲間が2人いて、3人そろうと何を食べるかといったら、もやし炒めなんですよ。

にんにく抜き、塩こしょう味、しかも塩の中に間違いなく旨味調味料が入っているような。

「でも、なんかうまいんだよね」と言って食べながら夢を語る。


松嶋啓介さん(右)と高橋博之(左)


つまり、「人生の波のどこに照準を合わせるか」の違いです。常に人生のよいとき、波の高いところにいるときの生活や人間関係を維持しようと求めるから、崩壊しちゃうんだと思うんですよ。

僕には、波の低いところで一緒に過ごせる友人がいる。久しぶりに飲もうか、となったとき、高いめしを食いに行こうという話にはならずに「じゃあ、いつものところでもやし炒めだね」となる。

この、成功しているときこそ質素なものを食える仲間がいることが大事だと思うんです。


高橋:啓介さんの奥さんはそういう人ですか?もやし炒め食って添い遂げられるような。


松嶋:そう。だってものすごい安い食材だって、うちには料理人いるわけだから、常においしい。


高橋:家でも料理するんですか?!


松嶋:するする。うちでつくるのは、もう、すごく質素だけれど旨いものです。

この間つくったのはキャベツスープ。にんにくをちょっと炒めて、たまねぎ、セロリ、にんじんを炒めて、キャベツをゆっくり炒めて、そこにブイヨン流してそれだけ。

すんごいじっくり炒めて味を引き出しているから、旨くてねえ。

「どう?」と娘に聞いたら、最初「うん、まあまあだね」とかいいながら、3杯おかわりしていて(笑)。




肉じゃが一皿をみんなでつつけばいい


高橋:今、これだけ料理する人が減っている状況について、僕はお母さんたちを責められないと思っています。

啓介さんの今の話を聞いて「私もじっくり炒めたい」と思っても、できない。


松嶋:でも、お母さんたち、ちゃんと“お迎え”をしている自分に惚れているんだもん。

そんな人の目線を気にしている時間があったら料理しようよ、という話です。



人は料理を通して相手に熱を伝える、愛情を伝える

でも現代は料理をつくらない人が多いし、そもそも食事という場を設けない人が多い。

僕が思うに、食事は、よいものでなくてもいいのかもしれない。一緒に食べる人さえいれば



高橋:今、日本に広がっているのは「孤食」ですね。

家にいても、個々が食べたいときに食べたいものを食べている。

今の社会では、料理することも、食事することも、非効率ということになるんですよね。

何でもいいから会話しながらめしを食うことは、何も生まないよね。ぱっと食って、戻って働け。そのほうが効率的でしょ、と。


啓介さんからいわせると、こういう時間を持つことがその人の能力を高め、心身を健康にするということだと思いますが、日本人はそこが苦手です。


松嶋:本当はね、肉じゃが一皿でいいんだと思うんですよ。

それを、これもあれもバランスよく一食でとらなきゃ!と考えるから大変になる。

肉じゃがをみんなでつついて、あとはごはんで十分です。

肉じゃがってどうやってつくったの? 誰が考えたの? 料理のルーツ、食材のルーツ。食を通していろんな会話をしていたら頭は活性化されます。


高橋:ただ一方で、テレビで料理番組が増えているらしいんです。


松嶋:本当は、料理をやりたいんだと思う。でも教えてくれる人がいない。


高橋:どこから学べばいいんでしょう。


松嶋:お手伝いかな。親と一緒にすること。

僕が今、娘に料理を教えているような時間って、きっと人生の中に当たり前にあったものなんですよね、これまでなら。

僕は、いい子育てというのは、お手伝いさせることだと思うんですよ。勉強させることじゃない。

家族なのか、地域属なのか、国属なのかわからないけれど、いろんな「属」の中で子どもに手伝いをさせて、社会に少しでも触れさせることが成長につながると思う。

その意味で、一緒にごはんをつくることもすごく大事です。



料理人は生産者から買ってやるのではない。買わせていただくのでもない。


高橋:ところで日本とフランスでは、料理人と生産者の関係性の違いはありますか?


松嶋:そこまでないですが、僕がフランス人の有名なシェフの友人と話していて、学んだことがあります。

彼がいうには、フランスの料理人は有名なレストランに働きに行って技術を勉強したら、そのあと地元に帰ってくるか、どこかに定着すると。

彼は地元に帰ったわけですが、彼の小中学校の同級生たちは地元で農家をやっている。その彼らの食材を、学んできた技術で紹介することが、料理するということなんだというんです。


つまり、料理人と生産者の関係が「買ってやる」でも「買わせていただく」でもなく、五分で対等なんですよね。


高橋:啓介さんには、仲のいい農家はいるんですか?


松嶋:いますよ。僕はフランスでは外人だったわけだけれど、出会いがあって、友だちになって。

彼らと共につくっていかなきゃいけないという思いは、元々ありました。修行時代から、そういうレストランをいっぱい見てきたから。

農家さんが直接、店に野菜を届けに来て、「市場に行くのもいいけど、ここに来て野菜をおいて、一緒にキッチンを見るのって楽しいよね」というんです。

僕らも生産者を年一回、招待したりするわけ。すると、またやる気になってつくるわけです。


高橋:自分の食材がこう料理され、こう振る舞われているということが、つくるその人の喜びになるわけですよね。

逆に啓介さんからすると、「知っているあいつ」から仕入れた野菜というのは、思い入れが違うものですか?


松嶋:違いますよ。友情がありますから。

時にはまずいときもあるんですよ。いつもより味悪いな、とか。それでも付き合いがあるから買うよ、と。

でもそれが続くと、もうちょっとこうしてくれない?とちゃんと言います。


高橋:でも、知らないにんじんだったら、ダメなら別のを選びますよね。


松嶋:そう、値段で買いますね。



本当においしいごはんはリスクの先にある?


高橋:フランスには文化通信庁というのがあります。“国の文化を豊かに次世代に伝えていく”ための庁。啓介さんはそこから表彰されていましたよね。


松嶋:芸術文化勲章を32歳くらいのときにもらいました。

料理をつくるというのは、生産者の思い、自然の背景を伝える仕事であって、料理人は農家の通訳者みたいなものですから。

農家は自然の通訳者



高橋:自然の通訳者が農家であり、農家の通訳者が料理人であれば、食べる人に、自然が伝わりますね!


松嶋:そう。「自然に帰る」状況をつくるのは大事だよね。

自然のものを食べるといったって、自然な環境で食べていないですから、みんな。

本当においしいごはんってキャンプなんです。いろいろハンディキャップはあるけれど、それに目がけて準備していったプロセスだったり、環境、食べる人の存在があるからおいしいんですよ。でも今、自然の中にキャンプに行くとなると、どうしても「リスク」の話になっていく。


高橋:キャンプのめしは最高ですね!

でも、おっしゃるように自然だから、予定外のことが起こり得る。リスクがあるんです。

今、そこから離れよう、離れようという方にみんな行っているわけですが……リスクって何なのか? と。そもそも口に取り込むことそのものにリスクがあって、そのリスクを取り除くのが料理人ですよね。

自然のものを口に取り込むという、リスクを伴うその行為こそが、食べるということなんだと思います。



<インタビューを終えて>

自然には命があります。その意味で私たち人間も自然なので、自然の中に身を置くと気持ちよいと感じます。しかし、自然を排除した都市生活の中で自然に触れる機会を持つことが難しくなっています。自然の通訳者が生産者で、生産者の通訳者が料理人。つまり私たちは料理を通じて、間接的に自然(生命)に触れることができます。簡易な工業的食事が広がる中、命に感謝して食べる時間を大事にすることは、暮らしに潤いを与えてくれると改めて感じました。(高橋博之)


松嶋啓介

小学生の頃より料理人を夢見て、エコール辻東京を卒業。酒井一之シェフのフレンチ「LE VINCENNES」(東京・渋谷)の門を叩く。20 歳でフランスへ渡り、フランス各地で修業を重ねたのち、2002 年の 25 歳、フランス・ニースにレストラン「Kei’s passion」をオープン。南仏の素材を活かした斬新な料理が評判を呼び、2006年、28 歳の時に本場フランスのミシュラン一つ星を外国人最年少で獲得。名称を「KEISUKE MATSUSHIMA」に改めて拡大オープンし、現在に至る。日本国内においては、2009 年 6 月、東京・原宿に「Restaurant-I」を開店。2014 年 7 月開業 5 周年を迎え、ニース本店と同じ 「KEISUKE MATSUSHIMA」に店名変更。メニューコンセプトから、空間演出に至るまで「南仏ニースを時差なく感じられる落ち着いた空間」を作ってきた。
2010年7月、フランス政府よりシェフとしては初、最年少で「芸術文化勲章」を授与され、2016年12月には、フランス政府より「農事功労章」を受勲。現在はオーナーシェフとしてのみならず、日本帰国時には「パパだけの料理教室」、「ママだけの料理教室」、「美食の寺子屋」など日仏の食文化を守り、育てる活動にも注力している。



※お詫び※

編集部の不手際により、アプリで複数回通知を受け取った方がいらっしゃると思います。(アプリの不具合ではなく、こちらの不手際によるものです。)ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。

Magazine

あわせて読みたい