生産者さんからみなさんへ 〜自然環境の変化と向き合う #カナリアの声〜 vol.13 有明海の海苔生産者より


私たちの食べものをつくってくれている生産者さんたちは、自然と向き合う中で日々環境の変化を感じ、また、すでに生産活動において様々な影響を受けています。

そんな生産者さんたちの状況を、少しでもみなさんに知ってもらいたい。そして、私たちにできることを一緒に考えていきたい。

これまでこの「カナリアの声シリーズ」では、自然環境の変化に直面する生産者さんたちの声をお手紙の形にしてご紹介してきました。

今回は、有明海の海苔漁師のみなさんから言伝を預かっています。

佐賀県、福岡県、熊本県、長崎県にまたがる有明海産の海苔といえば、国内有数の最高級海苔の一つ。全国シェア6割を占めると言われています。

例年、周辺の河川から栄養を含んだ水が流れ込むことによって、豊かな漁場が育ってきました。

しかし今、様々な理由によって有明海に「未曾有の危機」が起こっていると言われています。

・・・

有明海の海苔の栽培は、秋と冬の2期作制が一般的です。秋海苔は、10月までに準備していた養殖漁場に、網に海苔の胞子を植え付けるようにして種付けを行い、それから11月に収穫される、最も高品質な「一番摘み」。そして、1月以降には、2期目の収穫期として、冷凍保存した海苔網を海に持ち出して育てる「冷凍網初摘み」が行われます。

しかし、今季は、秋の降水量が少なかったことや、海水温の上昇、赤潮の発生によるプランクトンの増殖、さらには冬の暴風などの影響を受けているようです。

この数ヶ月の間、現場で起こってきたこと、私たちの食卓への影響について、5名の海苔漁師さんたちからそれぞれ話を伺いました。


今回お話をお聞ききした、海苔生産者の皆さん


昨年は、秋の残暑が続き、夏日の中で支柱建てから種付け前の準備を進めていました。 10月になっても雨が降らないため、水温もなかなか下がらず、『プランクトンが増えてきた状況で、このまま種付けしてまうとヤバいな・・・』と思う毎日でした。
結局、秋海苔シーズンに収穫できたのは、例年のような柔らかく口溶けの良い海苔ではありませんでした。

原因として考えられるのは、雨量が少なく、季節相応の冷え込みがなかったことが考えられます。海苔の成長には海の栄養塩が必要です。例年は台風や降雨により海水温が低下することで、栄養塩を食べてしまうプランクトンが死滅するのですが、昨年は天気が良すぎたため、プランクトンが死滅せず、海苔が栄養失調になり、色づきが悪く、海苔が黒くならないといった症状に陥ってしまいました。
雨量が増えすぎても海苔が病気になるリスクが増大するといった問題はありますが、栽培の技術でカバーすることが可能です。しかし、海苔の栄養失調は人間の手でどうにかできる問題ではありません。

「色落ち」してしまった海苔はなんと半分以上。色も落ちると味も悪くなる。歯応えは悪くなるし、一番摘みならではのトロッと感の代わりに、モサッとした食感になってしまうんです。
結果、全体の3〜4割ほどが、収穫できないほど色落ちしてしまい、廃棄せざるを得ませんでした。収穫量は例年の半分程度まで下がりました。


「種付けから11日目。ようやく肉眼視できるようになった。海の栄養がないため例年より成長が遅れ気味。」
 古賀さんのtwitterより。(2022年11月5日)



「一昨日の晩から海苔を根こそぎ刈り取り海苔網の撤去を始める。また赤潮が発生し、海苔の色落ちが進行したので、予定より数日早めの撤去。秋芽(一期作目)にこんな色落ち海苔が採れるなんて。来年1月3日から始まる本番の冷凍(二期作目)が心配になる。こんな海況悪い年初めて。」
 古賀さんのtwitterより。(2022年12月18日)同じ有明海を生産地としているといっても、地域によって状況は様々です。


数十年スパンで見ると、秋芽網で色落ちが起きるなどということはほぼなかったんです。

しかし、今年に限らず近年は、栄養不足による色落ちが発生していました。秋芽網で色落ちしたのは過去5年で2回目。今回はその中でも最大の色落ちが発生しています。

人の営み的には、ある程度の台風や寒波などは災害ですけど、海苔養殖にとってはいいことでもあるんですよね。


この厳しい状況は、冬海苔のシーズンも続いたそうです。


年明け早々、2期目の収穫期・冷凍網の張り込み作業を行いました。しかし、海苔の栄養不足は年明けも続いていました。秋芽網の時期に発生していたプランクトンは通常2週間程度で終息するのですが、今年は30〜40日経ってもまだ死んでいなかったようです。
張り込みして3日目あたりから色落ちがはじまり、一週間後には、「見込みのない網は自己判断であげるように協力してほしい」という漁協からの連絡があったため、一度も収穫をしていないまま、全体の3〜4割ほどの網を上げました。その方が残りの海苔に栄養が行きやすくなると思われましたが、それでもいつもの黒い色の海苔はできませんでした。

そんな時に、舞い込んできたのが、1月中旬の雨予報と寒波。雨によって海がかき混ざることで、プランクトンが減り、海苔に行く栄養が増える。そして、寒波によってさらに、海苔にとって良い海水状況になることが見込まれました。
しかし、想定以上の寒波によって、網の破れや支柱の倒壊が起こってしまいました。


いいタイミングでまとまった雨が降ったから、今は近年ないくらい良い環境になったんですよね。しかし、想像以上に風が吹いてしまい、支柱が折れるなどの被害が出ました。とにかく被害が酷かった。
通常は海苔網が整然と並んでいるはずなのだが、海苔網が支柱を飛び越え、網が絡まったりして、網が綱になりました。


「ずっと風が続いてなかなかはかどらなかった、壊滅した漁場の海苔網回収完了。網を片付ける時は通常海苔を根こそぎ刈り採ってから撤去するけど、刈り採れる状況ではないから海苔が付いたまま回収。すごく重かった。順調であれば、この海苔網からあと数回収穫できたのにな。初摘みだけで生産不能に。」
 古賀さんのtwitterより(2023年1月31日)


支柱が折れるなどの被害について、現段階では、共済等で賄えない可能性が高いです。今は自治体や議員が被害状況を確認している最中で、今後どうなるか不透明のまま。仮に、全部自費で持つとした場合、私のところは100万単位の被害額になりそうです。しかし2月に入って、質、量ともに例年並みの収穫に成功しました。
1月上旬の色落ちが深刻だった時は、まさか4回も採れるとは思っていなかったです。現在の良い海況が3月まで続けば、挽回のチャンスがあるかもしれません。



熊本県熊本市の浦山さん、佐賀県小城市の森永さん、そして福岡県柳川市の田中さんは、今現在も続く厳しい状況について、教えてくださいました。

私の生産地ではここ数年、種付けの後あたりから栄養失調となる海苔が多い、という状況が続いていました。例年であれば収穫の時期までに回復することがほとんどでしたが、今年はそれまでに状況が改善することはありませんでした。
また、強い寒波が続いたことから、強風による網の破れや、支柱の破損など資材的なトラブルからも大きな影響を受け、今年の海苔の出荷量は例年に比べ大幅に減ってしまいました。
収穫量が少ない分、価格は高騰していますが、満足のいく品質になっていないため、もどかしい気持ちです。


秋芽の一番摘みでは黒く色づいた海苔が取れましたが、収穫時期までに栄養が不足している状態が続き、納得の品質になりませんでした。冷凍摘みに切り替わる前の秋芽の最終摘みに至っては色落ちがひどく、収穫したものをすべて破棄せざるを得ない、という状況でした。
こうしたことは約10年ほど海苔を栽培している中で初めての出来事です。今年は特に有明海全体の不作が騒がれていますが、佐賀西部(白石、有明、鹿島)はここ3年あたり、継続して厳しい状況が続いており、生活するのがやっとだ、という声も聞こえて来ます。


有明海では、直近8年間で4回程度色落ちが発生していましたが、色落ちの時期が徐々に長くなってきています。今年は特に厳しい状況で、正直どうしようもなかったです。
ここ数年は春と秋がなくなったような感じで、秋の種付けの時期も暑さが続いています。高温が続いたことが海苔に悪い影響を与えたことは確かです。加えて、雨が降らなかったことで、海がかきまざらず、海苔の成長に必要な栄養塩が巻き上がりませんでした。
また、昔から有明海はプランクトンが発生しても2週間程度で栄養塩を食べ尽くしてしまい、その後死滅していたのですが、今年はいまだに終息していません。
これは、有明海自体の力が弱まってきた、ということも一つの要因だと思います。護岸工事の影響や、生活用水のためのダムの建設のため、河川の流量が減った結果、海に流れる栄養が減ってしまっています。
その影響か、海苔の育成にとっては大切な二枚貝が減少している、という状況があります。なぜなら貝は、海中のプランクトンを食べてくれるためです。私の生産地・福岡県では、有明海に覆砂をしたり、あさりやサルボウガイの天然採苗を行うなど、その保全に向けた動きを20年以上行ってきました。



最後に、5人の海苔生産者の皆さんから、消費者の皆さんに向けたメッセージをいただきました。


海苔はシーズンごとに種付けを行うので、毎年違う環境で0から育てなければならないという難しさがあります。ポケットマルシェにはこだわりの一番摘み海苔を出品していましたが、今年は収穫量が減少し、販売ができていません。
消費者のみなさんには、一番摘みの海苔や生産者からの直接購入でなくとも、コンビニでおにぎりを買うなど、少しでもいいから海苔を買ってもらえたら、食べてもらえたら嬉しいです。そして、日常生活で海苔を手に取る機会が増えて、海苔がもっと日本の食卓に根ざしたものになってくれればいいなと思います。その海苔が有明産をはじめとした国産の海苔であれば嬉しいです。


今年は、収穫量が減ってしまったため、ポケットマルシェに出品する分の冷凍一番摘みの海苔が確保できませんでした。来年に期待してほしいと思っています
このような状況の中で、有明海産の海苔が減ってきています。市場には外国産の海苔が増えると思いますが、有明の海苔にこだわらず、国産の海苔を食べてほしいです。


国産の海苔の出荷量が減少すれば、不足分を海外産の海苔を輸入してまかなうことになります。今年はおそらく、海外産の海苔が市場にも増えると思いますが、なるべく国産のものを手にとっていただけると嬉しいです。


こういった状況を何も知らないという消費者が大半だと思います。
なので、海苔が売れて欲しいとは思うけれど、それよりも、お客さんに「そういう被害があるんだよ」、「日本の海苔の半数以上を生産する有明海が今、そういう状況になっているのだよ」ということをまず知って欲しいと考えています。
かつて日本の海苔は、国内に余るくらいの生産量を誇っていましたが、近年は日本の海苔漁師が少なくなってきているという状況にあります。
その上、「有明海の海苔が、品質の割には高くなった」と思われたり、「海苔が高い」と海苔離れが進んでしまうことを危惧しています。実際に、コンビニ各社で、海苔を使わないおにぎりが多く出始めていると聞きました。
今回の有明海で起こった不作は、日本全体の海苔離れをより促進してしまうきっかけになりかねないと思います。そんなことを避けて、とにかく現状を知ってもらえたら。「食べて応援する」を広めて欲しいです。


消費者の方には、無理に海苔を買ってほしいとは思いません。この記事などを通じて、有明海の置かれている状況を理解していただき、自然の中から食べものが作られているんだ、ということを改めて考えてほしいと思います。そして、食べ物を口にいれるときに、自然に感謝してもらいたい、そう思います。
今回の状況は、有明海だけの話では無いと思っています。海を始めとした、山や川は生命の源です。人間は自然と共存し、もともとあった自然の摂理をもっと大事にしていくことが必要だと思います。




日々の微細な自然環境の変化が、自分の生活空間から切り離された生産現場にどのような影響をもたらしているか、なかなか想像しにくいことかもしれません。

生産現場の変化は、私たちの食卓の変化にもつながります。生産者さんの「カナリアの声」が、みなさんの食に対するあり方や暮らしそのものについて、改めて考えるきっかけになれば何よりです。

まだまだ知られていない、生産現場の変化のお話。生産者さんの「カナリアの声」を、ぜひ周りの方にも届けていただけると嬉しいです。


Tweet


前回の記事はこちらから

生産者さんからみなさんへ 〜自然環境の変化と向き合う #カナリアの声〜 vol.12 農家の五十嵐大輔さんより

Magazine

あわせて読みたい