父の誘いをきっかけに、高山村へ移住し、有機農業の世界に飛び込んだ。建設業というまったく異なる環境からの転身は大きな挑戦だったけれど、土に触れ、作物の成長を間近に感じる充実感や、季節の移ろいを肌で感じる喜びは、何ものにも代えがたい。地域のあたたかい支えに励まされながら、これからもこの道を進み、農業の魅力を次の世代へと伝えていく。


東京都江戸川区で、7人兄弟の長男として育った登坂さん。高校卒業後は父親の建設会社で働き、いずれは後を継ぐつもりでいた。けれど父は、登坂さんが子どものころから「いつかは建設業を離れ、農業をしたい」と語っていたという。
ある日、そんな父に「だまされたと思って一緒に通ってみないか」と、社会人向け農業スクールに誘われた。農業は未知の世界だったが、父の思いも理解していたため、通うことに。そこで有機農業者の講師に学ぶうち、次第にその世界に魅了されていった。「私の世代には農業をしている人があまりいない。だからこそ挑戦しがいがあると思いました。何より、緑に囲まれて土に触れていると、心がすっと落ち着いたんです」。
有機農家への転身を考えるようになり、実践できる土地を探し始めた登坂さん。父が以前から気になっていた群馬県高山村に足を運んでみたところ、役場から、新規就農を目指すための研修が受けられる地域おこし協力隊の制度を紹介され、関心を持った。あわせて、研修先の一つで「原木マイタケ」の栽培に取り組む銀河高原ファームの後藤明宏さんの話も聞き、その農法に強く惹かれた。そして「ここしかない」と確信。準備を進め、家族全員で高山村に移住し、地域おこし協力隊員としての新生活をスタートさせた。大家族の登坂家の移住は、当時高山村でも話題になったという。


高山村に来てからは、地域おこし協力隊の研修制度を活用し、さまざまな農家のもとで農業を学び始めた。最初の4カ月ほどは、有機農業に取り組むKimidori farm&kitchenの平形清人さんをはじめ、慣行農業を営む農家など複数の研修先を巡り、それぞれのやり方を実践的に体験。5カ月目からは、銀河高原ファームの後藤さんのもとで学ぶ日々が始まった。自分のやりたい農業に一番近いと感じ、2年目も引き続き同農家で学びを深めた。3年目は自身の畑や農機具置き場、出荷作業場の整備を進め、協力隊の任期満了とともに有機農家として独立。その後も高山村に定住し、米や原木マイタケを中心に生産を続けている。
社会人向け農業スクールで、農業に初めて触れた時に感じた面白さや心地良さは、今も変わらない。知識がない分、毎日が新しい学びの連続で、探究心を持って取り組めることが楽しい。また、苦労が多いからこそ、成果を味わったときの喜びはひとしおだ。「自分がつくった作物の味は格別に感じます。やっぱり農業をやって良かった、次もまた頑張ろうと思えます」。


農業を始めて、新たな喜びを知った登坂さん。一方で、課題も感じている。若い人たちはそもそも農業に触れる機会が少なく、その魅力が伝わりにくいという。けれど、触れてみれば、自分のようにハマる人もいるはず。だからこそ、自らの姿を通じて、若い人たちに農業の楽しさを伝えていければと考えている。
希望の芽は、身近なところで芽吹き始めている。登坂家の4男が、兄を手伝ううちに「自分も農業をやっていきたい」と話すようになったという。「無理に勧めるつもりはありませんが、興味があるのなら、これからも一緒にやっていけたら嬉しいですね」と登坂さんは笑顔を見せる。
家族だけでなく、地域の人たちの存在もまた、農業を続ける力になっている。移住当初から「大家族の人だいね!」と気さくに声をかけてくれる人が多く、近所の人たちはまるで親戚のように接してくれる。そのあたたかさに触れるたび、「この村に来て、本当に良かった」としみじみ感じているという。
豊かな自然と人のぬくもりに囲まれて、これからも有機農業を続けながら、その魅力を伝えていく。