渡辺聖光｜有機農業者たちの歩み

有機農家の背中に憧れて

聖光さんは、群馬県伊勢崎市の出身。高校時代に自然栽培の本などを読み、日々の食べ物が体をつくり、暮らしを支える力を持つことを知った。対処療法ではなく、もっと根本から人に関わる「食」のあり方に関心を抱き、その思いは大学を卒業し、地元の食品会社で働き始めても消えることはなかった。
そんなある日、高山村で暮らす兄から「後藤明宏さんという人がテレビに出る」と聞く。番組を見てみると、そこには高山村で自家採種をしながら、有機や自然栽培で作物を育てる姿があった。「こんな人がいるのか」と衝撃を受け、高校時代から胸にあった食への思いが一気に膨らんだ。「後藤さんのもとで学び、自分も有機農業をしたい」と強く思い、一念発起して高山村へ移住。後藤さんの銀河高原ファームで2年間の研修を受けることになった。
研修は体力的に厳しかった。けれど、自ら育てた作物の美味しさを味わう喜びは大きく、辞めたいと思うことは一度もなかったという。研修を修了すると、農園わとわを立ち上げ、有機農家としての第一歩を踏み出した。

挑戦を重ね、実る喜び

独立後は5反の畑と2反の田んぼを借りて、さつまいも、白なす、高山きゅうり、米を中心に有機栽培を開始。ところが、借りた畑はかつて耕作されておらず、草が生えるとトラクターで土を混ぜる程度の管理しかされていなかった場所と、慣行農業が行われていた場所だった。そのため、土壌の状態が十分に整っておらず、排水性が悪く雑草も多い環境で、最初の3年ほどは思うように収量が伸びなかった。
それでも聖光さんは諦めなかった。「不安がなかったわけではありませんが、畑ごとに適した作物を見極め、自家採種を重ねるうちに、作物が土地に馴染んでくることも学んでいました。だから、きっと良くなると信じて試行錯誤を続けました」。
やがて、先輩農家から「いいものができたね」と声をかけられるような作物も現れ、自分でも「軌道に乗り始めた」と感じられるようになった。現在は、畑・田んぼともに7反にまで広げ、有機栽培を続けている。

仲間と育むゆうきの輪

農園わとわの野菜は、聖光さんの奥様が店長を務める高山村内のカフェの料理にも使われている。店内では同農園で収穫されたにんじんやさつまいもを使った、にんじんジュースや干し芋などの加工品も販売されている。
お米は主に自社ECサイトを通じて一般消費者に直接販売し、新規問い合わせやリピーターも増えている。こうした状況を受けて栽培面積を広げた年もあったものの、技術面でまだ課題があり、思うような収量は得られなかった。今後は土壌分析など科学的視点も取り入れ、収量の安定と増加に努めたいという。
また、村の複数の有機農家による共同出荷の体制づくりにも参加していく。共同出荷によって発信力が高まり、高山村の魅力をより多くの人に伝えられると考えている。「そうして高山村や有機農業に魅力を感じた若い人たちが仲間になって、一緒に共同出荷できれば嬉しいです。自分の経験から、新規就農者がつまずきやすいところも分かっているので、力になりたいと思っています」。
高山村は、新規就農や有機農業に興味がある人にとって、支え合う仲間が多く、農地も豊富な環境だ。聖光さんもその仲間の一人として、新規就農者や地域の農業を支えていく。