極限状態で食べることは「作業」-【"食べる"と私】北極冒険家・荻田泰永

連載シリーズ「『食べる』と私」。各界で活躍するキーパーソンに、ご自身の「食」にまつわる考え方やストーリーなどを聞いていきます。

トップバッターは、北極冒険家の荻田泰永さん。これまで何度も踏み入れてきた北極という異次元の世界で、どんな食生活を送っているのでしょうか。

過酷な環境ならではのこだわりやルール、イヌイットの狩猟文化など、私たちが普段耳にすることのできない貴重な話を聞くことができました。

さらに、自然豊かな北海道での暮らしや得意料理などまで、話題は身近なところにまで広がりました。

 

50日間同じ献立で5000kcal摂取、冒険後は体重が-10㎏に

 ――北極への冒険のときに持参する食料は、どんな観点で選んでいますか?

「軽量」「コンパクト」「高カロリー」が基本で、特にタンパク質と脂質を多く摂取します。ソーセージやチーズ、バターなどが必須です。

一方野菜はかさばるうえに、カロリーも低いので基本的には食べません。

↑北極に持って行く食糧


1日3食の食料は重量1㎏、5000kcal(キロカロリー)を目安にしています。荷物が増えると負担になるので、1g当たりのカロリー量をチェックして、軽くて高カロリーな食材を事前に購入していきます。

 

北極での冒険中は、すべてが「効率」と「計算」で動いているんです。

 

――冒険中はどんな献立ですか?

朝はオートミール(※1)とスキムミルク(※2)、昼は出発前に用意していく自家製のチョコレートバーと栄養食品「カロリーメイト」、ナッツなど、夜はアルファ米(※3)にソーセージやチーズ、そこへバターを大量に入れます。朝と夜はテントの中で火を使って調理をします。

↑テント内での食事の様子


冒険中の約50日間、朝・昼・晩の3食の献立メニューは基本的に毎日同じです。冒険を始めた当初から、基本的にずっと変わっていません。


あと、狩猟をすることもあります。トナカイやジャコウウシ(※4)、ウサギ、魚、鳥などを捌いて食べます。特にトナカイの舌(タン)は抜群においしい。焼いて食べると、肉の旨味が口の中で一気に広がります。

狩りの仕方や捌き方は、現地のイヌイット(※5)と共に行動しながら見様見真似で身につけました。


――食事のメニューを変えないのはなぜですか?

毎日5000kcal摂取しても、歩いているだけでそれを上回る7000kcalほどを消費しています。

本当はお腹一杯食べたいけれど、いくら食べても空腹が満たされることがないんです。特に後半になってくると常に空腹の状態が続き、どんどん痩せていきます。

 

食事は楽しみな一方で、ある種冒険する上で欠かせない「作業」という感覚なんです。

味を楽しむ以前に、栄養を補給するイメージですね。極度の空腹状態にあるので、なにを食べてもすごくおいしく感じますし(笑)


――そんな過酷な北極での生活を乗り切るために、出発前にはどんな体調管理をされるんでしょうか。

なるべく脂肪を蓄えておく必要があります。冒険中に脂質はとりますが、何より身体の中にある脂肪をエネルギーとして使う方が効率が良いんですね。

1~2カ月前からたんぱく質と脂質を意識的に摂取します。例えばラーメンに大量のバターを入れたり、夜中にスナック菓子を食べてみたり。

 

冒険を終えた直後は体重が10㎏ほど減ります。それを見越して事前に何㎏太ればいいか、逆算して調整しています。


――やっぱり冒険直後は“大食い”するのですか?

現地の村で肉など栄養価の高いものをお腹一杯に食べますね(笑)。



歩き終わった直後は体が本能的に栄養を求めていて、吸収力がすごく高まっているんです。だから一気に大量の食料を平らげます。

体重は1日で2~3㎏なんて平気で戻りますし、1~2週間もあれば冒険前の状態にあっという間に回復します。

大食い直後は満腹感と冒険を終えたことへの実感が一気に押し寄せてきて、極度の脱力状態に。体に力が入らず、椅子から立ち上がれなくなることもありました。


イヌイットの狩猟文化から見える、「食」のあり方

――冒険をするようになって、食に対する意識が変わった経験はありますか?

イヌイットの狩猟文化を学べたことは貴重な経験です。収穫の時期や量を逆算する日本人の農耕文化とは対照的に、狩猟は食べたいときに必ずしも獲物を捕獲できる保証はありません。

 

それが民族性にも表れていて、イヌイットは「明日のことを心配しても仕方ない」ととにかく楽観的で、良くも悪くも時間や約束に対してもルーズです(笑)。日本人とは対照的ですね。



さらに、彼らにとって捕獲した動物は「食べる」対象であるだけでなく、生活そのもののに根差しているんです。例えば、皮を削いで毛皮の衣服に使用するなどしています。

 

現地の村には冒険以外で遊びに行くこともあります。その食生活も実に興味深いですよ。例えばある日の夕食は、トナカイの頭を大きな鍋でぐつぐつと煮込み、それをナイフで切り刻みながら食べるんです。

知らない世界や食べたことのないモノに出会える。そんな「非日常」を楽しんでします。


――自宅のある北海道鷹栖町では、どんな暮らしを

家の周りは一面、畑で覆われています。米や野菜農家が多く、旬になると知らない間に玄関先に大量の野菜が置いてあります(笑)。

トマトやキュウリ、カボチャなど食べきれないくらいの量が…。ありがたい反面、食べ切るのが大変です(笑)。家の中には薪ストーブがあるので、冬は鍋をしたり、サツマイモを焼いて食べたりしています。

自炊もしますよ。得意料理は餃子ですね。具材だけでなく、皮から作ります。おいしいですよ!

 

――北極や北海道と対照的に、都会では生産者と消費者の距離が遠い現状がありますよね。

生産者と消費者の間に何層にもわたってグラデーションが重なっていくと、どこで誰が生産したモノなのか、その経路がどんどんわからなくなるし、モノ(生産物・食材)の価値も薄まってしまいます。特に都会に住む人は、生産地を直接つながることが難しいですよね。

 


食べることは、命と直結します。イヌイットの狩猟文化は、それをダイレクトに実感できます。

誰かが育てて、殺めている。誰だって自分の手は血で汚したくないですよね。でも誰かに代行してもらって、おいしい部分だけ享受しています。

おいしい肉は、スーパーや工場で自動的に生み出されるような工業製品ではありません。そういう意味でも、「ポケットマルシェ」のサービスは興味深いですね。

 

※1 燕麦(エンバク)を脱穀して調理しやすく加工したもの。粥状にして食べる場合は、好みで塩、砂糖、バター、ジャムなどを加える。 

※2 脱脂粉乳の意味。生乳や牛乳の乳脂肪分を除去したものから水分を取り除き、粉末状にしたもの

※3 炊き上がった米を急速乾燥したもので、熱湯や冷水を注入することで復元し、可食の状態となる

※4 カナダやアラスカ州(アメリカ)などに自生する牛

※5 北極圏などの氷雪地帯に住む先住民族の1つ

 

【プロフィール】

荻田泰永(おぎた やすなが)

1977年9月1日生まれ。神奈川県愛川町出身、北海道鷹栖町在住。

日本唯一の「北極冒険家」。2000年よりカナダ北極圏やグリーンランドを中心に主に徒歩による冒険を行う。2014年までの15年間に13回の北極行を経験し、北極圏8000km以上を冒険してきた。世界有数の北極冒険キャリアを持ち、国内外のメディアからも注目される。夏休みに小学生と160kmをキャンプしながら踏破する「100milesAdventure」を主催し、北極で学んだ15年間の経験を子どもたちに伝えている。2012年からは、北極冒険の最高難度である北極点無補給単独徒歩到達に挑戦中。

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