北村広紀 | 自然栽培園 北村
2026.4.12「自分」を生きる、ということ。
YouTube動画:自分のために生きる:自由への旅路
私たちは、いくつになっても「認められたい」という気持ちを抱えています。
小さな子どもが「ねえ、見て!」「すごいでしょ?」と駆け寄ってくるように。 その言葉の奥には、「自分の存在を感じてほしい」という素直な願いが隠れている気がします。
誰かに認めてもらえたとき、私たちは「ここにいていいんだ」と安心し、心がじんわりと満たされていく。 それは、大人になっても変わらない、大切な心の栄養なのかもしれません。
時には、立派な家や車といった「目に見える形」で、自分を表現することもあります。 それもまた、「自分を見てほしい」という、人間らしい愛おしい気持ちの一つ。
その一方で、人には見せたくない部分もありますよね。 他人と自分を比べて、劣っていると感じて落ち込んだり、逆に勝っていると安心したり。 特に「人と同じであること」に安らぎを感じる文化のなかでは、つい周りの目が気になってしまうものです。
「私は、どうだろうか」
ふと、自分に問いかけてみます。 60歳を過ぎて、ふと「あと何年生きられるだろう」と考える日もあります。 けれど同時に、「明日、命が終わるかもしれない」とも思うのです。
そう覚悟を決めたとき、不思議と心がふっと軽くなりました。 「それなら、やりたいことをやってみよう」と思えるようになったのです。
例えば、人の目を気にせず、少し派手な色やデザインの服を選んでみること。 そんな小さな変化が、今では毎日の楽しみになりました。
周りは時に、いろいろなことを言うかもしれません。 けれど、誰かが自分の人生の責任を取ってくれるわけではありません。 だからこそ、自分の人生は、自分で思いっきり楽しんでいいのだと思います。
振り返れば、これまでの出来事はすべて、かけがえのない思い出です。 あの日感じた喜びも、こらえた悔しさも。 今ではそのすべてに「ありがとう」と言えるような気がしています。
これから先、どんなことが起こるのか。 それさえも楽しみに、今日という一日を大切に、丁寧に過ごしていきたいですね。
感謝申し上げます。
1