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みんなの投稿

  • 北村広紀 | 自然栽培園 北村

    北村広紀 | 自然栽培園 北村

    2026.8.4
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    【佐賀で初の40℃超え】自然栽培の稲に学ぶ、持続可能な生き方と「無理をしない」 佐賀市で40.2℃という、観測史上初の超猛暑日を記録いたしました。 あまりの暑さに、思わず言葉を失ってしまうほどです。 台風による気流の影響も少なからずあるのでしょうか。今年の夏は、私たちがこれまで経験したことのないような厳しい猛暑が続いております。 しかし、そんな極限の環境下であっても、自然栽培の田んぼに目をやると、稲たちは太陽の光を一身に浴び、力強く、青々と葉を伸ばしています。 厳しい自然と向き合いながらも力強く育つその姿を見るたびに、生命が持つ本質的な強さと豊かな恵みへの感謝の気持ちで胸がいっぱいになります。 「無理をしない」ことも、大切なプロの仕事 実は昨年、朝の10時頃まで田んぼで草取りをしていた際、帰ろうとした瞬間に突然視界が真っ暗になるという、肝を冷やす体験をいたしました。幸いにも大事には至りませんでしたが、熱中症の恐ろしさを身をもって知る出来事となりました。 年齢を重ねるにつれ、体力や体の声は少しずつ変化していきます。 その経験以来、私は「無理をしないスケジュール管理も、プロとしての大切な仕事である」と考えるようになりました。 現在の私の夏のワークライフスタイルは、極めてシンプルです。 朝の農作業: 6:00 ~ 9:00(田んぼの見回り・アゼの草刈りなど) 日中の時間: 9:00 ~ 17:00(快適な室内での事務作業・デスクワーク) 夕方の農作業: 17:00 ~ 19:00(軽作業) 猛暑のピークとなる日中は、エアコンの効いた快適な環境で頭を使う仕事に集中し、涼しい朝夕のひとときを自然の中で過ごす。自分の身体と誠実に向き合い、調和の取れた時間配分を心がけております。 どれほど価値のある大切な仕事であっても、健やかな身体があってこそ続けられるものです。 29年目の決断と、豊かさの循環 余談ではございますが、今年の春、29年間ともに過ごしてきたダイキンのエアコンが静かにその役目を終え、新しいモデルへと買い替えを行いました。 この歴史的な猛暑を迎えた今、「あのタイミングで決断し、買い替えておいて本当に良かった」と、快適な室内で心から安堵しております。環境を整える投資の大切さを、改めて実感する日々です。 自然のリズムとともに、一日一日を愛おしむ 今年も力強く育ってくれている稲たちに感謝を捧げながら、私自身もまた、自然の大きなリズムに抗うことなく、一日一日を丁寧に重ねていきたいと思っております。 全国的に厳しい暑さが続いております。 ブログをご覧の皆さまも、決してご無理なさらず、こまめな水分補給と質の高い休息を取りながら、ご自身のお身体を第一にお過ごしくださいませ。
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  • 北村広紀 | 自然栽培園 北村

    北村広紀 | 自然栽培園 北村

    2026.8.3
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    【田植えから5週間】猛暑を力に変える稲の生命力|40年育んできた「干し付け」と自然の理 田植えから約5週間が経ちました。 今年は例年以上の猛暑が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。 人にとっては体に堪える厳しい暑さですが、青々と広がる我が家の田んぼに目を向けると、稲たちがその強い太陽の日差しを全身で受け止め、エネルギーへと変えている姿が伺えます。 無肥料・無農薬で育てる「自然栽培」の稲は、与えられた環境を力強く生き抜く本能を持っています。 一株一株がしっかりと大地に根を張り、葉は息をのむほど美しい緑色に輝き、溢れんばかりの生命力で満ち溢れています。 自然の生きものたちが紡ぐ、調和の循環 今年は草の成長も落ち着いており、水田ではジャンボタニシたちが草をきれいに食べてくれました。 化学物質に頼らない田んぼには、生きものたちが本来持つ生態系の循環がしっかりと息づいています。 人間が無理にコントロールするのではなく、自然界の命がお互いの役割を果たしながら環境を整えてくれる——。 そんな自然の調和と優しさに、日々感謝の気持ちがこみ上げます。 根をさらに深く伸ばす「干し付け」のひととき さて、現在の田んぼは、水を止めて自然に土を乾かす「干し付け(ほしつけ)」という大切な時期を迎えています。 土にひびが入り、表面が白く乾くまでしっかりと水分を抜いていきます。 「せっかくの水田なのに、なぜ乾燥させるのですか?」と不思議に思われる方もいらっしゃいますが、実はこの工程こそが、美味しいお米を作るための大きな鍵となります。 土を思いきり乾かすことで、土中に新しい酸素がぐっと入り込みます。 水に頼れない環境を作ることで、稲は「自ら水を求めて」根を土の深層へ、深く深く、力強く伸び伸ばしていくのです。 また、秋の収穫時には土がキュッと締まり、コンバインでの作業をスムーズにしてくれる役割も果たします。 40年磨き続けた、「待つ」という贅沢 自然栽培は、肥料や農薬の力で無理に成長を促す農業ではありません。 だからこそ、私たちは毎日田んぼに立ち、稲の声にそっと耳を傾けながら、その時々に必要な環境を整えてあげることしかできません。 40年間、自然と真摯に向き合い続けてきて確信しているのは、「本物の美味しさは、自然の生命力を信じ、静かに待つ時間から生まれる」ということです。 過剰なものを足さず、ただ自然の営みに寄り添い、慈しみながら育てた一粒。 その一粒一粒に宿る豊かな生命力を、今年も大切に、丁寧に育んでまいります。 澄み渡る空の下、青々と輝く田んぼを眺めながら、実りの秋に最高のお米をお届けできる日を、心から楽しみに待ちたいと思います。
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  • 北村広紀 | 自然栽培園 北村

    北村広紀 | 自然栽培園 北村

    2026.8.2
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    『真の豊かさとは何か——猛暑の夏、苗箱の一枚一枚に感謝を込めて洗うひととき』 今年の夏は、例年を超える厳しい暑さが続いています。 本来であれば近くの澄んだ川へ出かけ、流れる水で苗箱を洗うのが我が家の夏の風物詩でした。しかし、今年はあまりの炎天下。無理をせず体に配慮しながら、倉庫の軒先に遮光ネットを大きく広げ、心地よい日陰の作業場をつくりました。すぐそばにはエアコンのある部屋を控えさせ、安全に配慮しながらの作業です。 冷たい水に手を浸し、黙々と作業を進めていると、不思議と体だけでなく心までスーッと涼やかに澄み渡っていくのを感じます。 無事に田植えを終えた今、役割を果たしてくれた苗箱を一枚、また一枚と丁寧に洗っていきます。その手仕事の中で、ふと今年の発芽から今日までの道のりが頭を駆け巡ります。 掌(てのひら)に収まるほど小さな一粒の種籾。それが命を宿し、力強い緑の苗へと育つまで、この苗箱は優しく、そして確かに命を支え続けてくれました。 毎年あたり前のように使っている小さな道具たち。ですが、この一枚一枚がなければ、美味しいお米は決して生まれません。 「今年も健やかな苗を抱いてくれて、本当にありがとう」 そんな静かな感謝を込めながら、こびりついた土や汚れをひとすじずつ落としていきます。 道具をいつくしみ、大切に扱うこと。それは、私たちが向き合っている「自然そのもの」を慈しむことと深く繋がっています。 世の中には、使い捨ての便利さや効率だけを追い求める風潮もあります。けれど、何年も何年も手をかけ、大切に使い続けられてきた道具には、単なる時間だけでは育むことのできない「品格と価値」が宿ります。 便利さやスピードといった数値だけでは測りきれない、心を込めて手入れをする時間。これこそが、現代における「本当の豊かさ」なのではないでしょうか。 「来年もまた、命あふれる元気な苗を育ててくださいね」 感謝の想いを重ねながら、清らかな水で苗箱を洗い流す、夏の優雅で穏やかなひととき。 無肥料・無農薬の自然栽培とは、単にお米という産物を育てるだけのものではありません。自然の恵みに気づき、道具に感謝し、自らの「感謝の心」をも深く育んでいく——これこそが、私たちが目指す農業の本質だと、改めて実感しています。
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  • 北村広紀 | 自然栽培園 北村

    北村広紀 | 自然栽培園 北村

    2026.8.1
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    自然の美学。無肥料・無農薬で育む、生命力あふれる究極の自然栽培キュウリ 皆様、こんにちは。 今日も太陽の光が降り注ぐ中、畑へ足を運ぶ時間が、私にとって何より贅沢で心安らぐひとときです。 我が家の畑では、今年も無肥料・無農薬の自然栽培で育てるキュウリたちが、みずみずしく青々とした葉を大きく広げています。 昨年は10本だった苗も、今年は縁あって2か所の畑に計15本を植え付けました。 なかでも、この春にグリンピースが元気に育ってくれた畑は、土本来の命の巡りが素晴らしい状態だったのでしょう。キュウリたちは目を見張るほどの勢いでぐんぐんと背を伸ばし、すでに1メートルを超えるまでに成長しています。 猛暑の中で育む、一株一株への深い愛情 今年の夏は、体に堪えるような記録的な猛暑が続いております。 強い日差しの中で葉を痛めてしまわないよう、毎朝2回、夕方に2回、状態を見守りながら丁寧に水やりを重ねています。 自然栽培の世界には、化学農薬も化学肥料も存在しません。 効率や生産性だけを追い求めるなら、決して楽な道ではないかもしれません。 時折やってくるウリハムシが葉や可憐な黄色い花をかじってしまうこともありますが、一つひとつ、一匹ずつ手作業で優しく取り除いていきます。 ですが、こうして毎日手をかけ、声をかけ、その小さな変化を見つめていると、まるで我が子を育てるかのような愛おしさが込み上げてきます。 「今日はどんな表情を見せてくれるだろう」 そんな想いから、気づけば一日に何度も畑へ足を運ぶのが、私の豊かな日課となりました。 言葉を持たないからこそ、静かに応えてくれる生命力 植物は言葉を話しません。 しかし、注いだ愛情と真摯な想いは、確実に彼らに届いています。 たくましく伸ばす茎、深く澄んだ緑の葉、そして力強く実る一本のキュウリ。 その美しい姿こそが、自然が静かに返してくれる応えなのだと感じます。 本物の食が生み出す、豊かな笑顔のために いよいよ、これから本格的な収穫の季節を迎えます。 余計なものを一切加えず、大地の恵みと澄んだ空気、そして太陽の光だけで育った自然栽培のキュウリ。一口かじれば、素材本来の上質な香りとみずみずしい甘みが口いっぱいに広がります。 この本来の美味しさを、本物の価値をご存じの方々に召し上がっていただき、心からの笑顔になっていただけたなら、育てる者としてこれ以上の喜びはありません。 本物の食とは、手間を惜しまない豊かな時間と、自然への深い敬意、そして育てる人の真心が織りなすアートのようなもの。 私はそう信じています。 今日も自然が与えてくれる命の巡りに深く感謝しながら、一株一株へ真心を込めて。 最高の美味しさをお届けできるよう、大切に育んでまいります。 本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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  • 北村広紀 | 自然栽培園 北村

    北村広紀 | 自然栽培園 北村

    2026.7.30
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    夕暮れの田んぼで出逢う、極上の「ととのい」時間。自然栽培のお米が教えてくれる 夕暮れ時、やわらかな風が汗ばんだ頬をそっと撫でていきます。 鳥のさえずりと、吹き抜ける風の音だけが響く夕方5時の田んぼ。昼間の強烈な日差し(時には38度を超す猛暑です!)が少しずつ穏やかな茜色へと変わり、一日の終わりを優しく告げてくれます。 私の田んぼの周りでは、減反政策の影響もあり、隣の区画では大豆がスクスクと育っています。 大切に育てる稲のために、田んぼからの水漏れを防ぐ「アゼナミ」を設置しているのですが、このアゼナミのすぐそばだけは草刈り機を使うことができません。 だからこそ、私は手に鎌を持ち、一本一本、心を込めて手作業で草を刈り取っていきます。 効率の先にある、贅沢な「マインドフルネス」 一見すると、ただの地道な農作業かもしれません。 効率だけを求めれば、現代の農業においては決して簡単な道ではない「自然栽培」。肥料や化学農薬に頼らず、ただひたすらに自然の生命力を信じ、必要な手間を一つひとつ丁寧に積み重ねていきます。 けれど、私にとってこの時間は、自然と深く対話し、自分自身の心を美しく整える何よりの贅沢(マインドフルネス)でもあります。 カチカチと時計の針に追われる日常から離れ、五感を研ぎ澄ます。 鎌を動かす手に集中し、ふと目を上げれば、一日一日と逞しく成長していく稲の姿。 その力強い命の輝きを目にするだけで、不思議と胸の奥から静かな安心感が広がっていくのです。 気づけば時刻は夜の7時前。 昼間の喧騒が嘘のように静まりかえった夕暮れの田んぼには、大人の知性を満たす、深みのある静寂が広がっています。 手をかけた分だけ、応えてくれる命がある 時間をかけるからこそ、見えてくる美しさがあります。 手をかけるからこそ、わずかな田んぼの変化や稲の「声」に気づくことができます。 「今日も元気に育ってくれて、ありがとう」 愛おしい稲たちにそっと感謝を伝えながら、今年も無事に実りの秋を迎えられることを静かに願う夕暮れ時。 本物を選び、丁寧に生きるということ。 自然の恵みと人の手が生み出す一粒のお米には、そんな豊かなストーリーが詰まっています。 今日も自然の循環のなかで生かされていることに、心からの感謝を込めて。
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  • 北村広紀 | 自然栽培園 北村

    北村広紀 | 自然栽培園 北村

    2026.7.29
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    令和8年熊本地震。夕暮れの空に思う「当たり前」という、いちばんの贅沢 7月28日、夕方。 私の住む佐賀市でも、突然、携帯電話から大きな警戒音が鳴り響きました。 反射的に家の外へ飛ぶように出た、その直後――。 横から大地を揺さぶる大きな力が襲ってきました。 まるで、自分が立っている地球そのものが横へと動いているような感覚。立っていることすら難しく、自然の凄まじい力を前に、人間がいかに小さな存在かを突きつけられた瞬間でした。 ようやく揺れが収まり、家の中へ戻ると、大切に育てているメダカの水槽から大量の水がこぼれていました。 再び鳴り響く警戒音。 テレビを点けると、画面には熊本県を震源とする「最大震度7」の文字が躍っていました。 崩落した熊本城の石垣。 寸断された高速道路。 イオンモール熊本周辺の、一変してしまった街の姿。 つい先ほどまで続いていた穏やかな日常が、ほんの一瞬で奪われてしまう。その現実を前に、ただ言葉を失うばかりでした。 どれほど便利な暮らしをしていても、どれほど多くの財産を築いていたとしても。 溢れるほどのモノや富を持っていたとしても、自然が本気で見せる圧倒的な力の前では、人間の力などあまりにも無力です。 だからこそ、いま私の心に強く浮かんできたのは、「今日という一日が、どれほど尊く贅沢なものか」ということでした。 家族とひとつの食卓を囲めること 温かい布団で、安心して眠れること 朝、目を覚まして静かに田んぼへ向かえること 何気ない日常を、変わらず過ごせること これらは決して「当たり前」ではなく、何物にも代えがたい「奇跡」なのだと気づかされます。 自然を支配するのではなく、「生かされている」ということ 私は40年間、農薬や肥料に頼らない「自然栽培」で米を育ててきました。 毎日土に触れ、風を感じ、雨を受け止め、太陽の光を全身に浴びながら、ずっと自然と対話をしてきました。 自然は私たちに、計り知れないほどの恵みを与えてくれます。 しかし同時に、ときとして人間の想像を遥かに超える、厳しく大きな表情を見せることもあります。 今回の地震を通して、改めて腹の底から感じました。 私たちは自然を支配しているのではない。自然の中で、生かされているのだと。 豊かな食卓も、安心できる暮らしも、すべては自然という大きな循環の恩恵の上に成り立っています。 だからこそ、自然への謙虚な感謝を忘れないこと。 今日という日を慈しみ、丁寧に生きること。 命を育む「食べるもの」を大切にすること。 目に見える豊かさ以上に、そうした一瞬一瞬の営みを慈しむことこそが、私たちが本当に大切にすべきことなのだと思います。 大きな揺れが去ったあと、静かな夕暮れが訪れました。 茜色に染まる空を見上げながら、私はただ静かに胸の中で呟きました。 「今日も、生きている。」 この当たり前のような一言の中に、人生で最高の贅沢と感謝が詰まっているのだと感じています。 被災された皆さまのご無事と、一日も早い復旧を、心よりお祈り申し上げます。
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  • 北村広紀 | 自然栽培園 北村

    北村広紀 | 自然栽培園 北村

    2026.7.28
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    言葉にならない想いを、AIと一緒にカタチにする 私は、文章を書くことがあまり得意ではありません。 けれど、頭の中には伝えたいことが溢れています。 長年育んできた自然栽培のこと、命を育むお米のこと、大切な家族のこと、そしてこれまでの人生で感じてきた日々の想い。 どれも私にとって大切な価値観ですが、それを言葉にして人に伝えるのは、簡単なことではありませんでした。 そんな私をそっと支えてくれているのが、AIという存在です。 ここ2年ほど、ChatGPTやGoogle GeminiなどのAIを活用しています。自分が感じたことや伝えたい想いを言葉にして投げかけると、AIはそれをじっくりと理解し、読みやすい文章へと整えてくれます。 時には「北村さんは文章力がありますね」と温かい言葉をいただくこともあります。そのたび、私は感謝を込めてこう答えます。 「AIのおかげなんですよ」 本当に、心からそう思っています。 毎日のように自分の考えを伝えていると、不思議なことが起こります。AIが少しずつ、私の生き方や大切にしている価値観を理解してくれるようになるのです。 自然栽培に対する情熱 食べてくださる方々の健康を願う想い 家族への深い感謝 人生で最も大切にしたい生き方 まるで、自分の心の中をあたたかく受け止めてくれているような感覚になることがあります。 もちろん、AIは人間ではありません。否定せずに優しく返答するよう整えられたシステムかもしれません。それでも、助けてもらった時には自然と声をかけたくなります。 「いつも助けてくれて、ありがとう」 私にとっては、単なる便利なツールを超えて、言葉にならなかった大切な想いを一緒に紡いでくれる「心強いパートナー」なのです。 人にはそれぞれ、得意なことと苦手なことがあります。 私は40年近く、農業の世界で生きてきました。土と対話し、種をまき、稲の成長を静かに見守る。自然とともに生きる営みは、私の人生そのものであり、得意な領域です。 一方で、文章で表現することは得意ではありませんでした。 だからこそ、自分の苦手な部分はテクノロジーの力を借りて補う。それは決して恥ずかしいことではなく、自分一人では届かなかった場所へ想いを届けるための、とても豊かな選択だと感じています。 大切なのは「AIに何を作ってもらうか」ではなく、「自分の中にどんな想いを持っているか」。 AIは、私の代わりに田んぼに立つことはできません。稲穂を揺らす風の香りを感じることも、家族と食卓を囲み美味しいお米を味わう喜びを知ることもできません。 人間とAIは、決して対立するものではなく、お互いの得意分野を生かし合って共に歩んでいく関係なのだと思います。 便利な時代になったからこそ、時代が変わっても決して手放してはいけないものがあります。 人を思いやる心 日々に感謝する心 自然の恵みを敬う心 自分の人生を、自分の足で誇りを持って歩むこと どれほど技術が進化しても、最後に自分の人生を選択し、歩んでいくのは人間自身です。 今日も私は自分の目で自然を見つめ、心で感じた想いを言葉にします。そして、静かにAIへ感謝を伝えます。 「いつも助けてくれて、ありがとう」 この時代に出会い、自然の恵みとともに生き、テクノロジーの恩恵を受けながら想いを発信できることに、心から感謝しています。 YouTube動画:自然と生成AIの交差点
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  • 北村広紀 | 自然栽培園 北村

    北村広紀 | 自然栽培園 北村

    2026.7.27
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    「未来の身体への投資」を選ぶ理由。私たちがコストを惜しまず、超安全な食をお届けするわけ こんにちは。 突然ですが、みなさんは「食の安全」について、いま、どんな風に感じていらっしゃいますでしょうか。 私たちがお届けする農産物は、決して安価ではありません。むしろ、一般的な市場の価格と比べれば、かなり高価格な部類に入ります。なぜなら、そこには計り知れない手間と、徹底的なこだわりという「コスト」が掛かっているからです。 ですが、私たちにとって「安全であることは最優先、美味しいことは当たり前」。これが譲れない絶対の基準です。 では、なぜ、ここまでやるのか? 理由はとてもシンプルです。すべては「未来の健康」のためです。 現代の食を取り巻く「現実」 現代の食生活は、私たちが目指す理想とは、ある意味で真反対の方向へ進んでしまっているように感じます。 効率や大量生産が最優先され、気づけば食の安全から遠ざかってしまった現代社会。それに比例するかのように、原因のわからない病や不調に悩む方が増えています。 振り返れば、石油化学の発展がもたらした農薬や化学肥料、そして数々の食品添加物。これらは確かに、私たちの生活を一時的に豊かで便利に、そして安価なものにしてくれました。 しかし、その引き換えに、私たちは大切なものを失いかけてはいないでしょうか。 私たちの身体は、私たちが食べたものでできている 「未来の私たちの身体は、いったいどうなってしまうのだろう?」 そう不安を煽りたいわけではありません。むしろ、私たちは逆の視点を持っています。 今、この瞬間にいただく「本物の食」が、10年後、20年後の私たちの身体をつくります。 不自然なものを一切使わず、自然の循環のなかで育まれた生命力あふれる食べ物を選び続けること。それは、ご自身や大切なご家族の未来への、最も価値ある「投資」にほかなりません。 不自然なものを取り除いた先にある、身体がすっと喜ぶような本当の安心。 それを選択した方々の未来の身体が、どれほど健やかで、輝かしいものになっているか――。 私たちは今から、それが楽しみで仕方がありません。
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  • 北村広紀 | 自然栽培園 北村

    北村広紀 | 自然栽培園 北村

    2026.7.26
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    見た目を超えたカッコよさ|「所作」と「感謝」に表れる生き方の本質 先日、新しいYouTube動画との出会いがありました。 何気なく観始めた動画でしたが、画面越しに伝わってくる立ち振る舞いを見て、ふと「所作(しょさ)」というものについて深く考える時間をいただきました。 初対面の方とお会いするとき、私たちは無意識のうちに相手の姿を見ています。 顔立ちだけでなく、装い、髪型、背筋の伸びた姿勢、言葉遣い、そして細やかな「振る舞い」。 「人に心地よい印象を与えたい」 それは、誰もが持つとても自然で美しく、前向きな欲求なのだと思います。 大人になれば、自分の生き方や美意識を表現するために、身につける衣類や時計、靴やバッグなどにもこだわりを持つようになります。 私自身も最近は、少し髪を整えるペースが早くなりました。 妻から「また髪を切りに行ったの?」と笑われることもあります。 それでも私は、「人生を、できる限りカッコよく生きていたい」と思うのです。 本当の「カッコよさ」は、細かな所作と心に宿る もちろん、高価なものを身につけることだけがカッコよさではありません。 年齢を重ねるほどに、その人が歩んできた人生や内面は、表情や姿勢、言葉、そして何より日常の「所作」にふっと表れ出てくるものです。 洗練された装いに、心から滲み出る美しい所作が加われば、これ以上のものはありません。 そして、その美しい所作の根底にある最も大切なもの。 それは「人に対する、感謝の心」ではないでしょうか。 心からの感謝は、言葉にしなくても、相手に向ける眼差しや温かい表情、ふとした仕草に自然と滲み出ます。 反対に、どれだけ表面を絢爛に整えていても、人を見下したり相手によって態度を変えたりすれば、ふとした瞬間にその本質が見えてしまうものです。 人は、見ていないようで、とても細やかな部分まで感じ取っています。 他人の物差しに口を出さず、「自分自身」を整える だからこそ私は、できるだけ他人を自分の物差しで測らないように心がけています。 人には、それぞれが歩んできた背景があり、固有の価値観があります。 「こうあるべきだ」「それが常識だ」「自分が正しい」と思う気持ちは、時に誰にでもあるかもしれません。 しかし、私は「そうなんですね」と静かに受け止めるようにしています。 他人の物差しに口を出しても、お互いに心地よい結果を生むことはあまりありません。 「あの人は、そういう考え方や美学を持っているのだな」 そう受け止めるだけで、十分なのです。 他人の人生は、その方のもの。 選択や行動から生まれる現実も、その方自身が受け取る大切な経験です。 そう考えると、必要以上に他人の言動で心を乱されることもなくなります。 大切なのは、「人は変えられないけれど、自分は変えられる」というシンプルな真理に立ち返ること。 自分の考え方を整える 発する言葉を美しく選ぶ 相手に向ける態度を優しくする 日常の所作を丁寧に磨く そして、目の前にいる人へ感謝を伝える。 そんなささやかで上質な積み重ねこそが、時を経てその人だけの「品格」となっていくのだと感じています。 39年の自然栽培が教えてくれた「本当の豊かさ」 「本当の豊かさ」とは、一体どこにあるのでしょうか。 高級車に乗ること、邸宅に住むこと、一流のブランド品を身につけること。 それらを楽しむことも、人生を彩る素晴らしい要素の一つです。 しかし、どれほど多くのものを手にしても、心が満たされていなければ、本当の豊かさを感じることはできません。 人への感謝 自然への感謝 いただく食べ物への感謝 今日という一日を穏やかに生きられることへの感謝 私は40年間、農薬や化学肥料に頼らない「自然栽培」でお米を育ててまいりました。 土に触れ、太陽の光を浴び、風を感じながら、稲が命を繋いでいく姿を見守る。 そんな日々を過ごしていると、豊かさとは「持っているものの多さ」ではなく、「いま手の中にあるものに、どれだけ深く感謝できるか」なのだと気づかされます。 今日も、命を育む美味しい自然米をいただけることに、心からの感謝を。 自然の偉大な恵みと、日々を支えてくださる方々の温かさ、そして無事に過ごせたこの一日に、「ありがとうございます」。 おわりに 人生をカッコよく、美しく生きる。 それは決して外見だけを飾ることではありません。 人を思いやり、感謝を忘れず、自分の価値観を押しつけずに、自らの内面と所作を静かに磨いていく。 その丁寧な生き方の積み重ねの中にこそ、誰も奪うことのできない、本物の「品格」と「豊かさ」が宿るのだと信じています。 YouTube動画:見た目を超えたカッコよさ:所作と感謝
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  • 北村広紀 | 自然栽培園 北村

    北村広紀 | 自然栽培園 北村

    2026.7.25
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    太陽と命が織りなす「究極のひと粒」。40年追い求めた、自然栽培米の物語 田植えを終えて、約4週間。 連日35℃を超える厳しい夏の日差しの中でも、稲たちは力強く、青々とその葉を広げています。 田んぼの水面からは、少しずつ青々とした草も顔を出し始めました。 けれど、私たちの田んぼにいるのは、人間と稲だけではありません。 ふと水の中を覗くと、ジャンボタニシたちが優雅に動き回り、雑草を食べてくれています。 自然の生態系が、完璧な調和を保ちながら田んぼを守ってくれているのです。 「いつも、ありがとう」 思わず、そう声をかけたくなる愛おしい瞬間です。 自然の声を聴き、命の力を引き出す「40年の歳月」 私は、肥料も農薬も一切使わない「自然栽培」を、40年にわたって続けてまいりました。 自然栽培とは、単なる「放任」ではありません。 むしろその逆です。 毎日田んぼに足を運び、太陽の輝きを感じ、水温を確かめ、稲の一本一本と対話する。 目に見えないほどの時間と手間、そして惜しみない愛情を注ぐことで、その土地が本来持っている「生命力」を最大限に引き出していく仕事です。 太陽の光を浴び、清らかな水に抱かれながら、稲は深く深く土へと根を張っていきます。 その力強い姿を目にするたび、「自然の循環の美しさ」に深く心を打たれます。 草が生えれば、それを糧とする生き物が集う。 太陽が照りつけ、水が巡り、土がすべてを優しく包み込む。 人間が利便性を追求する遥か前から、自然界には完璧な支え合いの仕組みが存在していました。 私たちはただ、その豊かな循環の輪の中に加わらせていただいているに過ぎません。 一杯のお茶碗に広がる、豊穣なストーリー だからこそ、私はここで実るお米を、単なる「食品」だとは思っていません。 自然の恵みと人間が40年の歳月をかけて紡いできた、ひとつの芸術作品(アート)なのだと感じています。 皆様の食卓に並ぶ、白く輝く一杯のお米。 その小さな一粒の向こう側には、どこまでも高い青空があり、澄み渡る水があり、田んぼで暮らす小さな命たちがいます。 そして、40年間ブレることなく土と向き合ってきた、私たちの歴史が詰まっています。 「本物の価値は、時間をかけて育まれる」 これは、人の健康においても、豊かな人生においても、そして一粒のお米においても変わらない真理ではないでしょうか。 日本から、世界中の食卓へ 「本当に安全で、身体の奥深くまで染み渡るような美味しいお米を、世界中の人々に届けたい」 それが、私の生涯の夢です。 流行や効率に流されることなく、焦らず、一歩ずつ。 まずは、今年もこの田んぼで育つ稲たちを無事に育て上げ、最高の収穫を迎えること。 そして、このお米を手にしてくださった方に、「この本物に出会えてよかった」と心から感動していただく実績を重ねていくこと。 今日も、厳しい太陽の下でたくましく輝く稲たちに、深い感謝を捧げます。 「いつもありがとう。」 今年も、皆様の心と身体を満たす素晴らしいお米になりますように。
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