ゴミクズと化した魚の「価値」をよみがえらせるために:山本太志(漁師・秋田県八峰町)

秋田県最北端、白神山地の麓にある八森漁港にて底引き船、玄辰但馬丸の船長をしております。幼い頃からの夢であった教師を辞め、実家を継ぎ漁師へと転身して10年余になります。思えばあっという間に過ぎた10年でありました。最初の5年は仕事を覚えることに精一杯で、毎日怒られてばかりでしたが、6年目から船長になり、日本海の荒波にもまれている毎日です。

 

秋田の漁業の衰退と
変わらぬ意識

かつて20年ほど前まではハタハタの産地として名高かった八森漁港。しかし、秋田音頭に秋田名物と唄われたハタハタも、私が漁師になった12年前には全く獲れなくなっていました。今年度に予測されるハタハタの資源量は1200トン。これは最盛期の1/20になります。さらにこれから同様に獲っていくと10年後には161トンまで激減するという試算がなされています。

これはハタハタに限らず、他の魚についても同様です。原因については、地球温暖化や海岸地形の変化により藻が消滅してしまったことも有力視されていますが、何よりも乱獲による弊害が大きいのは間違いありません。

バブル崩壊から続く不景気により魚価は暴落。私が船に乗り始めたころには、魚の価値はすでにゴミクズのようになってしまっていました。皆さんは「不落」という言葉をご存知ですか?私たちが獲ってきた魚は各都道府県、市町村などの漁業協同組合に日々水揚げされます。その中で仲買人が値段をつけるのですが、仲買人が値段をつけない、要するに買うことを拒否する。それが「不落」になります。新鮮でおいしいと漁師たちが太鼓判を押しても、買い手がいなかったら廃棄するしかありません。私自身も何度か、泣く泣く獲ってきたばかりの魚を廃棄したことがあります。かろうじて値段がついた魚も、1箱が缶ジュースに満たない値段になることもしばしばです。

そうした状況になればなるほど、漁師たちは自分の船を存続させようと乱獲に走ります。他の船より1箱でも多く水揚げしようとします。その結果、年々魚は小さくなり、挙句の果てに稚魚にすら手をつけるようになりました。現在では、秋田沖は年々悲惨な状況に陥っています。

にも関わらず、秋田県漁協も漁師たちも今まで何の手立てを打つこともしてきませんでした。二言目には「仕方ない」「所詮私たちは何もできない」「やることは全てやったから無理だ」。何か打開策を講じても、「やれるものなら自分でやりなさい。応援だけはするから余計なことに巻き込まないでくれ」。実際にそう言われました。嫁と二人で何とか魚価を上げるために自分たちで出荷しようとトライした時も、早々に協力出来ないと言われる始末。どうしていいか分かりませんでした。

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↑2015年10月16日、玄辰但馬丸船上にて

 

「東北食べる通信」
との出会い

そんな折、あの男に出会いました。
昨年11月、東京の寿司職人岡田さん、同行して八森を訪れていたライターの保田さんと知り合い、今年2月になってから、『東北食べる通信』という情報誌で特集させてほしい、春のヤリイカを読者に届けてほしいとの依頼を受けました。とても現在の状況では引き受けられないと再三断ったのですが、しかし、強引にも、あの男が八森にやってきました。

編集長、高橋博之。
なんて胡散臭いんだ・・・それが第一印象でした。

初対面なのにどこかしら以前から知り合いだったように懐かしく感じる一方で、熱く誘いかけてくる眼差し。危ない。これは絶対に詐欺だ。そう直感しました。新手のオレオレ詐欺に違いない。そう思っていながら、2時間後には二人とも居酒屋でベロベロになりながら、東北の未来について意気投合していました。たった2時間。そこで私の全てが吹っ切れました。

食べる通信に取り上げていただいて私の実情を知っていただいてからは、日本中の生産者の方に励まされ、東北各地の生産者の方にたくさんの刺激をいただいて、迷うことなく突き進んでいる最中です。それまで自分で悩みながら歩いてきた道が、霧が晴れたように広く見渡せるようになりました。本当に食べる通信との出会いには感謝しています。

R0013816↑2014年12月、荒れる八森の海

 

これからの課題

夏場に行われた『東北食べる通信』の交流イベントなどでいろいろな方々と出会い、おぼろげながら自分の目指すべき目標は見えてきたものの、事業として具現化するまでには越えなくてはならない課題がいくつかあります。

まず第一に、漁獲から注文を受け、輸送、お届けに至るまでをいかに迅速にできるかです。

私の究極の目標とは、「獲った魚を翌日の夕食までに消費者の口に運びたい」ということです。

しかし、敬愛する岩手県綾里漁協の漁師・佐々木淳さん(消費者に「浜から直送」するシステムを成功させている)など、太平洋側の養殖業の方々と比べて、私たち日本海側の底引き網漁は漁業形態が全く違うため、現行の輸送システムではどう頑張ってもお届けまでに2日以上かかってしまいます。そのため、現在の水揚げから輸送にかかる時間と労力を短縮させるには、獲った魚に対する注文を船上で受け、帰港と同時に発送するという最速のシステムをつくらねばなりません。

しかし、そのためには既存の流通ルートを無視することになり、漁協のみならず中卸業者からの反発は必至です。実際に、4月の『東北食べる通信』でのヤリイカの出荷では、当初は協力すると言っていた漁協が仲買業者の反発を受け、途中から出荷をストップしてくれと言ってきた経緯があります。それにより、ヤリイカをお届けできなかった先が300件ほどありました。この問題については、地元漁協、仲買業者、漁師の協力なしには実現できません。今のところ少しずつ仲間を増やしながら、理解を深めている途中です。

そしてもう一つ課題があります。
それは、曜日指定の注文に対して最良の魚を届けることが難しいということです。

皆さんご存知のとおり、日本海側は冬場を中心にして大荒れになることが多く、1週間出漁できない日が続くのは珍しいことではありません。まして、広い海で必ずしも注文された魚が獲れるとも限りません。事実、春のヤリイカお届けの際にも時化が続き、4月の半ばにヤリイカが沿岸に移動してしまって水揚げが途絶えたため、お届けできなかった先が多数に及んでしまいました。こればかりは私たちの力ではどうしようもありませんでした。また、指定された曜日が漁獲してから3日後だった方もいましたが、魚というのは獲ってきた日から旨みが半減していきます。魚屋の店頭に並ぶのが獲れてから約3日ですから、そうなると普通の店頭売りの魚と変わらない価値になってしまいます。この問題については消費者の方々にご理解いただかなくてはいけませんし、私たちも実情を伝えていかねばならないと思います。

最高の「うまい!」
を求めて

最後に、私が皆さんに言いたいのは、「獲れたての魚は、どんな種類の魚でも、どのように調理してもうまい」ということです。獲れたての鮮度こそが魚本来が持ち合わせる「味」であり、「価値」となるべきものだと思います。

私たち漁師が普段船上で食べている魚に近い鮮度で、色々な魚を皆さんに味わって欲しい。その上でそれぞれの魚の価値を認めて欲しい。それが私の願いであると同時に、「不落」になっていった魚たちへの供養です。

そのためにも、乗り越えるべき課題に向き合いながら、これまで以上に信頼されるよう、生産者として努力していきたいと思います。「鮮度」という名の最高のブランドをいつか皆さんに味わってもらえるよう、頑張ります。

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Writer

秋田県山本郡八峰町

山本太志

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