食を支える農家としてのプライド

人に食べさせようと思って料理を作ったのは、何年ぶりだろうか。

そう言いきれるほど、台所は妻に任せっきりの生活だった。

それが今日、自分で包丁を持ち料理をすることになった。

やり出したはいいが、情けないことに、この歳になって目玉焼きを作るのも横に妻に立ち合ってもらう始末で、野菜炒めすら焦がしてしまう有り様だった。

それでも夕方5時すぎに届けますと約束していた。

近所に住む80歳くらいの一人暮らしのおじいさんで、一緒に暮らしていた家族に先立たれ、ご自身も入退院を繰り返し足腰も弱り果てて自転車に乗ることもできなくなっていた。

数ヶ月前、僕はこのおじいさんの家の庭にあるガレージを農機具置き場として借りる話を進めていたのだが、その時とは比べものにならないほどわずか数ヶ月で弱りはて、正直に言うと先が心配なほどになっていた。

『食事はどうしてるんですか?』

そう心配になり思わず訊ねた。

『作るのもなかなかできねぇもんだから弁当でも買えればいいんだけど、買い物に行くこともできなくてなぁ。銭もなくて。』

おじいさんの家の中を見ると深刻な状況だということもわかった。

半年以上前に亡くなった息子さんの洗濯物がまだ家の中に干してあった。

息子さんがさっきまでいたかのようにタバコの吸い殻も携帯電話もテーブルにそのままになっていて、見てしまって少し怖いと思ってしまったほどだった。

『僕、毎日ご飯持ってきますよ。庭のガレージ借りるお礼です。』

おじいさんの状況を見て、それしか言葉が出てこなかった。

親戚、親族間の付き合いも疎遠に近いようで、ヘルパーさんを頼むという話が唯一の希望的な話だった。

僕は、おじいさんを前にしてなんのための農家なんだろうと思った。

喰うに困ってると言う人が目の前にいるのに、知らん顔してその人の庭のガレージ使って農機具いじったり農作業できるんだろうか。

そんな農家が世の中になんの必要があるんだろうか。

喰えないなら喰わしてやると農家が言わないでどうすんだと自分に思った。

どこまでやれるかもわからないし、どれくらい続けられるかもわからないけれど、やれることはやろうと思った。

ご飯を届けに連れ出した子供たちの姿と、子供たちから受け取ったおじいさんの笑顔を見たら、少なくとも間違ったことはしてないと僕の励みになった。

結果がどうなっても、この文を息子と娘が読めるようになったときにどう思ってくれたかだけで僕はじゅうぶんです。

(2018.2.25)

 

Writer

福島県相馬市

菊地将兵

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