カタールへの「兵糧攻め」は対岸の火事ではない(文=高橋博之)

サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などのアラブ諸国が、カタールとの国交を断絶すると発表した。

カタールは豊富な天然ガスや石油などで外貨を稼ぎ、世界有数の金持ち国家となっていたが、食料自給率はわずか10%で、90%に及ぶ食料品輸入の約8割が近隣のサウジ、UAEなどを経由していたことが今、アキレス腱となっている。

サウジとの国境封鎖で、食料品欠乏や食料価格高騰などが不安視され、カタール国内のスーパーでは買い占めが起きているという。


輸入に大きく依存した食料事情を抱える日本にとっても、今回のカタールの件は決して対岸の火事では済まされないだろう。


 ■我々の胃袋は外国に握られている

国際情勢が不安定さを増す中、いつなんどき日本が政治的リスクにさらされるかは、ある程度予測ができたとしても、不可避な事態に直面する可能性はゼロではない。

リスクを回避するための外交も、胃袋を握られた状態でどこまで強気でいられるだろうか。実際、カタールもその弱みにつけ込まれる形で外交的敗北を喫している。


他にも天候リスクや自然災害リスクなどが鎌首をもたげる。

過去にも、1973年には前年産の世界的不作などにより米国産の輸入大豆の価格が3倍に高騰し、ついにはニクソン政権が大豆の禁輸措置の断行に踏み切ったことがあった。日本では豆腐の値段がおよそ2倍となり、味噌や醤油業界は混乱に陥った。さらに、輸入飼料に依存していた畜産物の価格も跳ね上がった。

2005年には米国を襲ったハリケーン・カトリーナにより港湾からの飼料穀物の積出に障害が起きるなど、日本の食料供給が混乱した事例もある。

また自然の変動に起因せずとも、2008年にはトウモロコシがエタノールの原料として使用され始めたことが引き金となり、穀物価格が3倍に上昇したこともあった。


こうしたリスクを回避する根本的な方法は、自国の食料生産を増やすこと以外にない。

カタールも国家食糧安全保障計画を策定し、4万5千ヘクタールを農地に変える意欲的な目標を定めるなど、自国での食料生産の拡大を目指していた。もっとも今回の不測の事態には間に合わなかったのだが。


 ■食料自給率向上の障壁は自由貿易への過信である

食料自給率を上げることは大事だと言われながらも、差し迫った問題として位置づけられることがなかった背景には、グローバリズムを支える自由貿易信仰があったように思う。

その信仰の理論的支柱となってきたのが、リカードの比較優位論だ。一国における各商品の生産に必要な費用の比率を他国と比較し、優位の商品を輸出して、劣位の商品を輸入すれば双方が利益を得て、国際分業が行われるというものだ。

この比較優位論に基づき、自由貿易は世界中に広がってきたわけだが、問題点がある。


他国の影響を受けずに自国が成り立つためには、食料やエネルギーなどを他国に大きく依存している状況は健全とは言えない。

つまり、効率性を重視して国際分業を進めていい商品もあれば、逆に効率性にそぐわない商品もあるわけで、自国の安定的存立が国内の資源によってなされた上で、足りないものを輸入で補い合う方が、結果として国際社会の平和と安定につながるのではないだろうか。


比較優位論に従って、食料分野についても自由貿易を広げることについては、国民にも不安がある。内閣府の「食料の供給に関する特別世論調査(平成26年)」によると、将来の我が国の食料供給について「不安がある」と答えた人は83%で、食料自給率向上が「必要だ」と答えた人は実に95.6%に上った。

また、「外国産の方が安い食料については輸入する方がよい」と答えた人は5.1%に対し、「外国産より高くても、食料は生産コストを引き下げながら、できるかぎり国内で作る方がよい」と答えた人は53.8%に及んでいる。


 ■輸入生産資材なくしては成立しない大規模農業

一方、ひとつ気になるのが、外国産より高くても国内で作る方がよいとしながらも、その条件として「生産コストを引き下げながら」としている点である。

そもそもこの条件なしの回答項目が準備されていないのはどうしたことだろう。つまり、これは生産規模の拡大でさらなる効率化が図れるのを前提としているということだ。

この回答の項目立てに如実に現れているように、政府は大規模農業の推進に活路を見出そうとしているが、果たして食料安全保障の観点から見て、それで十分なのだろうか。


問題となっている日本の食料自給率の低さの内容をよく見てみると、特にも飼肥料や農業資材の多くを輸入に頼っていることが食料安全保障上、大きな弱みとなっていることがわかる。

これらは主に大規模農家にあてはまることではないだろうか。生産力は大きいけれど、逆に天候リスクや政治リスクに左右されやすい面もあり、諸刃の剣になりかねない。


 ■兵糧攻めから自由でいるためには…

私は数年前、青森県八戸市で自衛官から農家に転身した女性に出会った。転身の理由を聞くと、彼女は「国防のため」と真顔で即答した。

また、長野県伊那市で出会った有機農家になぜ有機農業をやっているのか尋ねたことがあるが、「自由でいるため」という返答だった。食べものをつくるために必要な飼肥料や農業資材を地域外に頼れば、それが入ってこなくなったらおしまいで、取引条件が悪くても相手の言うこと聞かなければいけなくなる。地域にある資源だけを利用して食べものをつくる有機農業ならば、誰にも首根っこを抑えられていないから自由でいられるのだと。


だからこそ、リスクヘッジのためにはやはり中小規模農家が一定割合で生産を続けていることが大事なのではないだろうか。

しかし、彼らが生産コストを引き下げるには限度があるのだから、そこは私たち消費者の出番であろう。

生産コスト削減圧力に常にさらされるマーケットではなく、生産者と消費者の"顔が見える関係"という直接のつながりの中で、再生産可能な適正価格が実現されていくことは、足腰の強い食料安全保障にもつながっていくのだから。


「外国産より高くても、できるかぎり国内で作る方がよい。ちゃんと買うから」という回答項目がないのであれば、自分たちでつくるしかない。



書き手:高橋博之(㈱ポケットマルシェ代表)
団塊ジュニアの最後の年、1974年に岩手県花巻市に生まれる。前年、高度経済成長が終わる。その残像を引きずる団塊世代から、都会の会社でネクタイ締める人生がよいとの価値観を刷り込まれ、18歳で上京。見つかるわけもない自分探しに没頭(2年生を3回やりました)。大学出るときは超就職氷河期で、大きく価値観が揺さぶられる。新聞社の入社試験を100回以上受け、全滅。29歳、リアリティを求め、帰郷。社会づくりの矢面に立とうと、政治家を目指す。岩手で県議を2期やって、震災後の県知事選に挑戦し、被災地沿岸部270キロをぜんぶ歩いて遊説するという前代未聞の選挙戦を戦い、散る。口で言ってきたことを今度は手足を動かしてやってみようと、事業家に転身。生産者と消費者を「情報」と「コミュニケーション」でつなぐマイクロメディア、東北食べる通信を創刊。定員1500人の目標を達成する。その後、日本食べる通信リーグを創設し、現在、全国39地域にご当地食べる通信が誕生。「世なおしは、食なおし。」「都市と地方をかき混ぜる」の旗を掲げ、20キロのスーツケースをガラガラ引きずりながら、全国各地を行脚する寅さん暮らしを送る。昨年9月、食べる通信をビジネス化した新サービス、ポケットマルシェを始める。