沖縄県国頭郡金武町

松島良也

松島農園

とうもろこし

この屋敷と畑、このままではジャングルになってします。
誰か、せめて屋敷だけでも管理してくれないかな。
亡くなった母さんが女手ひとつで汗水流して、やっと・・・やっと手にした屋敷と畑。
母さん天国で残念な気持ちでいるはず・・・母さんに申し訳ない。」
僕のひいおばあちゃんが亡くなって1年後におばちゃんが屋敷から畑を眺めながら、そっと独り言を口にした言葉です。
その数日後、僕は新品の草刈り機を手に、ひいおばあちゃんの屋敷の手入れをしていました。
ひいおばあちゃんが亡くなって手入れの行き届いていない生まれ育った家にさえ行きたがらない、
僕のおばあちゃんを無理やり車に乗せ、1時間車を走らせ、ひいおばあちゃんの家に連れていきました。
着いたとたん「わぁー、元通りになってる!」」
その時のおばあちゃんの笑顔は、僕の記憶に生涯残ると思います。
すると、おばあちゃんはこういう話を始めました。
「あなたは小さい頃、ひいおばあちゃんが畑で作ったジャガイモを、おいしい、おいしいとよく食べていたのよ!覚えてる?」
「はt家に石を投げて遊んでいることを注意されていたよ。」
「この畑は土がいいから何を作ってもおいしいんだよ。」と、
屋敷がきれいになって、気分上々なのか、おばあちゃんは畑の話題を話してました。
帰りの車中でもそんな話題をずっと話しながら、「よしや、掃除をしてくれてありがとう。本当にありがとう。
連れてきてくれてありがとう。」と何度も何度も、ありがとうと言われました。
しかし、僕の頭の中には、きれいに手入れした屋敷よりも、ジャングルになってしまっている畑の風景だけが気になっていました。
そんなに「ありがとう」を伝えれラテも、畑の風景だけが残っていました。
「次は、畑の大きく育った(笑)雑草、男の腕よりも太くなった雑木を切り落として、
ひいおばあちゃんが居た頃の風景を取り戻して、もっとおばあちゃんによろこんでもらいたい。
もっと、もっと、たくさん笑顔にさせたい!」と、畑の手入れもすると、僕自身、僕自身に約束しました。
その時です、おばあちゃんがこう言ったんです。
「もう、あの畑で作った人参やジャガイモは、もう食べることができないんだよね。残念だね。
でも仕方ないよね。母さん亡くなったんだから・・・」

その瞬間、そこから僕の農業への一歩が始まるきっかけになりました。

荒れた畑を、元通りにもどすため、毎週土日、通い続け、半年かけ、雑草、雑木がようやくなくなり、土が見えてきました。
そこから、その後、初めは3坪のスペースにジャガイモを植え、農業がスタートしました。

もっと、お話したいのですが・・・前文で書きすぎたので省略します(笑)

前文から5年後の今ではひいおばあちゃんが作っていた作物を、おばあちゃんからききながら、全て(?)作ってきました。
根菜、葉野菜、果樹など、のべ40種類程度ですが、ひいおばあちゃんが作ってきたもの、ある程度は作ることができてます。

プロフィールとは違ってきてますが、プロフィールとさせてください。

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