令和3年福島県沖を震源とする地震により、被害に遭われた皆様に心よりお見舞いを申し上げます。

ポケマル×311 ポケマル×311

ポケマルのはじまり

約28万人もの人たちに愛用されているポケットマルシェ、通称ポケマル。私たちの始まりは3.11、東日本大震災でした。当時、岩手県で政治家として活動していた代表の高橋が(社員はみんな、ひろゆきさんと呼んでいます。以下、いつものように呼ばせてください)震災で浮き彫りになった地方と都市の課題を解決するために、政治で解決できないならばビジネスで!と立ち上がったのがきっかけでした。

震災前からも課題であった地方社会の過疎、高齢化。震災は、追い討ちをかけるように東北の農村漁村を襲いました。そんな中ひろゆきさんが見つけた一つの光は、ボランティアで初めて東北に来た都市の人たちが、生産者さんたちの生き様、自然と向き合う大変な仕事を間近で見て、食べ物の価値を改めて理解するようになったこと。そして、都市の人たちもまた、被災地での活動を生産者さんに感謝され、やりがいとともに自らの価値を改めて感じることができた。被災地を助けるためにきたボランティアのはずなのに、東北の人や食、自然にふれ「元気になった」と言って帰っていく。お互いがお互いの価値を再認識し、共感し、自分たちはひとつだと感じる…。そんな光景を目の当たりにして、地方と都会の「個人」と「個人」を日常的につないでいくことができないかと、ひろゆきさんは考えたのです。

そこで、世界初の食べもの付きの情報誌「東北食べる通信」を創刊。さらに、東北以外の地域、海外を含む40か所以上で食べる通信が発刊となりました。そして、食べる通信で得たノウハウを元に、産直アプリ「ポケットマルシェ」がスタート。「誰が作っているのかわからない、誰が食べているのかわからない」という“人”を感じられないやりとりではなく、「あの人が作っている、あの人が食べている」という“人”を感じられるお買い物。いつもの生活の中に、心のやりとりが生まれる。そんな体験を私たちポケマルはたくさん積み重ねてきました。

震災からこの3月で、10年になります。

震災後に東北からスタートし、被災地と共に歩み、たくさんの生産者さんの想いを聞いてきたポケマル。だからこそ私たちはこの10年を振り返り、がんばってきた仲間のことを、もっとたくさんの人たちに知ってほしい、と思いました。そしてこれからの10年はよりいっそう、生産者さんも消費者も、みんながつながって支え合う日々にしたい。そう考えています。  

知ること、食べること、つながることが応援に。3.11応援商品を販売します。

私たちポケマルが、長く、深く付き合ってきた東北の生産者さんたち。震災の被害から立ち上がろうと、新しい挑戦をし続けています。今回はそんな生産者さんたちのストーリーと共に食材をご紹介しようと考えました。一人でも多くの方々に味わっていただきたい逸品が揃っています。

Lineup!

三浦隆弘さん 宮城県名取市(せり)

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三浦隆弘さん宮城県名取市(せり)

地震発生当日、知り合いの力を借りて深夜、家に帰り着いた

あの日、震度7の揺れを記録した栗原市でトマト栽培の研修に参加していて、直後慌てて自宅に帰ろうとしたものの道路や橋の段差が発生、迂回して大渋滞に巻き込まれ、燃料も底をつき、もう無理かもと思った。その後、知り合いが車を貸してくれたおかげで深夜なんとか、名取市の自宅に辿り着いた。

ビニールハウスで生活、直後は不安だった

幸い津波の被害はなかったものの家の中がめちゃくちゃになり、ビニールハウスに毛布やストーブを持ち込んで1週間ほど暮らすことに。当時私は河北新報でコラムを担当しており、「なるべく電気を使わない生活」などをテーマにしていたため、備えがあった。備蓄の練炭火鉢や石油ストーブで煮炊きもでき、名取市は水道水がいきていたから、問題なく過ごすことができた。

“お互い様” “生きてこそ” という言葉が、自然に飛び交う日々だった

徐々に、親戚や避難所、関わっている障害者の就労支援施設に白菜や米などを運んだ。生産力のない人に備蓄を配る。必要なものを分け合い声をかける。等価交換だとか、お金を取るという発想もなく、ただただ、困っている人がいないか、炊き出しをして被災者がせめて食べるものに困らないように、と、できるだけのことをした。農家の備蓄、地元コミュニティの強さ。お年寄りが持つ農村集落の知恵と出会うことも多く、苦境だからこその農家の強みも感じることができた。

仙台ならではのアイデンティティ、ここで暮らす理由を磨いていく

あれから10年。私は、食べ物を軸に人々をつなぐことに挑戦し続けてきたと思っている。震災前からも、人との繋がりで「名取せり」を育ててきた。食材の旬ではなく、商材の旬で消費され、市場価格が急落するせり。彩のためでなく、せりの味だけで勝負する、せりをお腹いっぱい食べる「せり鍋」が有名になったのも、協力してくれたお店があったから。仲間がいたから。仙台名物はたくさんあれど、原材料までが全部仙台産、仙台でしか味わえない、というものがなかった。せり鍋がその代表格になって、お年寄りに「よくやってくれた」「ここでしか味わえない、ってものがないとね」と喜ばれると誇らしい気持ちになる。たくさんのひとたちに、名取せりの良さを知ってもらいたい。

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三浦隆弘さんの「名取せり1キロ束&紫黒米のセット」

イトミミズ、ザリガニ、サギ、作業効率を考えたら水生生物を農薬で排除したほうがずっとラクなのに、それをせず無農薬で、たくさんの生きものに囲まれた田んぼで育ったせりは、結果的においしく、切った瞬間に、わっ!と香りがたつ。特に、2,3月のせりは「バランスのよい旬盛り」旨味がどの部位にもある時期です!ぜひこの機会に味わってほしいです。今回はこの三浦さんの名取せりをたっぷり1キロお届けします。

名取せり1キロ束&紫黒米300g 3,110円(税込)

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兼澤幸男さん 岩手県上閉伊郡大槌町(鹿肉)

Story02

兼澤幸男さん岩手県上閉伊郡大槌町(鹿肉)

船の上から、家族の安否を思う。必死で実家へ向かった。

あの日、船乗りだった僕は茨城県の港、船の上にいた。茨城が一番揺れたに違いないと思うほどの揺れだったのに、その後地元が津波で大きな被害が出ていることを知り、すぐに帰る手配をした。沖出しした船は東北方面には漂流がれきが多く行けない、九州へ向かうと言われた。帰りたい方向とは真逆。そこで九州から青森へ飛行機で向かい、青森の友人にレンタカーを押さえてもらい地元まで帰る算段をつけた。途中、妻と子どもは無事で妻の実家に帰っていることがわかった。でも母の行方がわからない。3日ほど前「津波が怖いから、大きな地震が来ても海の近くに住んでいるおばあちゃんを迎えにいこうとしたらだめだよ」と話したばかりだったのに。親戚が、地震の直後、祖母の家に向かう母を目撃していた。

行方不明になった母を探し続けた。気持ちの整理がつかないまま。

母を探す時間が必要だから、船乗りの仕事には戻れなかった。こちらの気持ちを理解してくれる地元の企業に勤めながら母を探し、あっという間に1年。親戚から説得されて、お葬式をあげた。お経を聞いていたら涙がこぼれて、母がいないことを受け入れられないのに、受け入れざるを得ない、しっくりこない別れを迎えた。そして、2014年に転機になる出来事が起きた。

生まれて初めて買った米。それがきっかけで、命と向かい合うことに。

父の実家が農家だったので米は買うものではなくもらうもの、それなのに14年は大凶作で生まれて初めて米を買うことになった。田んぼを見に行くと、稲穂がなぎ倒されていた。犯人は鹿。岩手県の鹿による農作物被害は年間約2億円にものぼり、獣害をきっかけに農業を辞める人も多かった。この状況を見て、猟師になることを決意した。有害駆除。しかしそれは、生きるものの命を奪うこと。害があるとはいえ、簡単に殺し処分してしまうなんて。せめてジビエとしてこの鹿たちの命を価値あるものにできないかという思いが大きくなった。

害獣ではなく、「鹿はまちの財産」と言えるように。

ジビエを事業にするには、野生鳥獣専用の施設で処理をし、全頭放射性物質検査を行うことが必要。岩手県内にはその施設がなく、震災後、規制解除の声が広がってもなかなか実現しなかった。同じ志を持つ仲間と知り合い、2年以上にわたり勉強会をし、処理場建設・規制解除へ向けて県へ働きかけを行った。町長はじめ職員みんなが尽力してくれたおかげで規制解除が決定。地元の新たな産業として、ジビエサイクルの輪を広げる活動をしている。

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兼澤幸男さんの「鹿肉&食べる通信セット」

日本一の品質を追求する兼澤さんの鹿肉は、厳しい“兼澤ルール”によって美味しいと評判。メスは4歳、オスは3歳までの臭みが少なく柔らかい若い肉、頭か首だけを撃ち、ストレスを極限まで抑える方法。国のガイドラインでは2時間以内に内臓を抜くことが義務付けられているが兼澤ルールでは1時間以内に設定。今回は美味しい食べ方がわかる「東北食べる通信」とセットにしてお届けします。

鹿肉ロース・モモセット(150g×2)&食べる通信 3,110円(税込)

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菊地将兵さん 福島県相馬市(卵・野菜)

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菊地将兵さん福島県相馬市(卵・野菜)

あの日、俺はまだ東京にいた。

地震があった10年前。俺はそのとき歯医者さんにいて、揺れたけど、そこまでか?という感覚だった。けれど、すぐにテレビで地元が大変だ、隣町が津波に流された、というニュースを目の当たりにした。実家とは連絡が取れず、みんな死んだんじゃないか、という不安にかられた。でもどうすることもできない、すぐに帰る手段もない。結局、地元に帰れたのは2ヶ月後だった。

震災後に、福島、相馬市でイチから農家を始めたのは俺だけだった

やりたいことがなくて空っぽだった10代。学校にも行きたくなくて、親には「近所に変な目で見られるから昼間フラフラしないで」と言われて。俺のことより世間体の方が大事なんだなって感じた。見放されているような気持ちだったけど、そんな俺をかばって、全肯定してくれていたのはひいばあちゃんだった。それに隣近所の人たちはみんな優しかったし「地域で育てられている」感覚があった。だから元々戻るつもりではあったけど、福島が、相馬が震災で大変なことになったと思ったとき、「農家をやるなら地元で」と改めて思った。

万引きGメンで目の当たりにした都会の貧困。食べられないという現実。

農家になろうと決めたのは、漫画家を目指して上京してから。漫画のネタになるように変わったアルバイトを探し「万引きG メン」になった。そこで、都会の貧困、頼れる人がいないという社会問題にふれた。炊き出しボランティアなども始め「これが3日ぶりの飯だ」という人たちを見て、子どもの頃のことを思い返した。貧しかったけど、不思議と不幸に目が向かなかった。それは、祖父母が野菜や米を持ってきてくれ、毎日ちゃんとお腹いっぱい「食べられていた」からだと思う。またある日、炊き出しの現場に岩手の米農家の人が来て「これ使ってくれ」と一度に何百人も救えるほどの量の米を寄付してくれた。農家はすごいと改めて感じた。幼少期に見た祖父母が畑を耕している姿、それが答え。自分もそっち側に行きたいと思った。

自分の居場所を作れ、という祖父母の言葉。僕は農家になった。

就農した2年は本当に辛かった、もう思い出したくないほど。悪いけど子どもには食べさせられないと言われたり、震災後の農家は実績がないとみなされて補償の対象外、売れない状態が続いた。そこから必死で安全性を発信し、徐々に自分を信じて買ってくれる人が出てきた。さらに、野菜を食べさせて育てる自然卵養鶏も始めた。自分の子どもに安心して食べさせられる卵を作りたいと思ったことがきっかけだ。スーパーでなら200円前後で買える卵、うちのミルキーエッグは830円。それでも予約してでも買ってくれる人たちがいる。震災直後は本当にしんどくて、ボランティアの人たちに助けてもらっていたけれど、今では悩みを抱える全国の若者を年間50人程度受け入れている。

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菊地将兵さんの「ミルキーエッグ&季節のお任せ野菜セット」

お箸でつまめるほどの弾力を持つ、菊地さんの卵。自分が集めた自然由来の餌しか与えない。だから餌集めに1日8時間もかかる。平飼い(放し飼い)でストレスを受けず、自然に、日光を浴びて育った鶏から生まれる卵は、割った時に白身が盛り上がっていてキレイ。今回は相馬唯一の伝統野菜、里芋「相馬土垂(そうまどだれ)」を含む季節のお任せ野菜とセットでお届けします。

ミルキーエッグ1p&季節のお任せ野菜セット野菜5~6品目&(お楽しみ) 3,110円(税込)

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千葉豪さん 岩手県大船渡市吉浜(ホタテ)

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千葉豪さん岩手県大船渡市吉浜(ホタテ)

最初は「うちが良ければいい」自分のこと中心だった。

2010年の年末から2011年にかけて、ここ大船渡周辺は近年まれに見る大時化(しけ)が続いていた。近隣の浜はこれから旬を迎えるワカメの養殖施設が大きな被害を受けていたが、俺がいる吉浜はもともと波が荒い地域なので、対策が十分にできておりさほど大きな被害は出なかった。他の浜が被害を受けているのを見て、正直「しめしめ」と思った。なぜなら他の浜が減産となれば、自分の浜のワカメの価格が上がるからだ。これまで通り卸先から提示された規格に応えるワカメを、たくさん作ればたくさん儲けが出る。"あの日"が来た時も当初はおんなじことを思っていた。

あの日俺は、吉浜周辺を襲う津波を観測していた。

俺は消防団に所属しており、本震後、海の近くで波の高さをチェックしていた。海水面が何cm下がったか、何cm上がったかを事細かに記録していく。14時54分に大船渡市で0.2mの第一波を観測して以降、徐々に波が高くなってきた。3mほどの津波が押し寄せてきた。ただ吉浜の養殖施設はまだ持ち堪えていた。「これで今年は儲けられる」そう思ったのも束の間だった。3mを優に超える津波が吉浜周辺を襲ってきた。もう儲けどころの騒ぎではない。壊滅的な被害だった。津波で船は流され、防潮堤が壊れ岸壁も1m以上地盤沈下した。

美味しいの「規格」は誰目線?気付かされてから変わった。

震災後の2014年、大きな転機が訪れる。縁あって別の浜のとある漁師が育てるワカメを、お客さんがしゃぶしゃぶで食べるという現場に立ち会った時だ。最初そのワカメを見た時「こんなワカメをよくお客さんに出せるな」と思った。漁師の世界ではそのワカメは見た目も悪く、到底人様に食べてもらうような代物ではなかった。しかし、そのワカメを食べてお客さんは「美味しい」と感嘆の声をあげたのだ。その時気づいた。いかに自分が最終的に口にする消費者のことを見ていなかったのかを。これまでは加工会社がワカメを加工するときに歩留まりがいいということを第一条件に決められた規格に沿ってワカメを養殖してきたが、この規格はお客さんにとってはなんら関係ない規格であるし、美味しいの規格は他にあるのだと気付かされた。それからは、他の浜同士で無駄な争いを行うことはやめた。

みんなで生きていく。みんなで良くなっていく。

「国産ワカメを食べたことがない人に食べてみてもらいたい」という思いを持ち、「地域を超えてつながって、全体を盛り上げたい」という思いを持つようになった。誰かが決めた規格や価格に左右されず、自ら自信を持って消費者にお勧めできるワカメやホタテを育て、提供したい。まずは自分の浜を元気に、それから三陸の水産業全体の底上げへ。震災はつらい体験だったけれど、あの体験がなければ出会えなかった人、行動できなかったことがあると感じる。これからは、漁師だけでなくここに暮らす人、吉浜出身の人、吉浜を思う人たちをつなげる場、機会を作っていく存在になりたいと思っている。

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千葉豪さんの「ほたて」

ただ大きく育てるのは簡単。世の中ではストレスをかけない「ストレスフリー」な養殖生産方法が流行っているがそんなやわなホタテはダメだ!ということでごりごりストレスを掛けて育てあげた。だいたい10個に1個しか生き残らない、鍛え抜いたスパルタ生産。ホタテには美味しい時期が何度かあり、今はホタテが卵を持ち始める時期で、卵が濃厚で美味しく生でも食べられる。卵の影響でいつも販売しているものよりは少し小さい11〜11.5cmくらいの大きさ。(ホタテも貝柱も大きいマッチョなホタテは産卵が終わった夏過ぎから販売します。)

ほたて 5枚 3,110円(税込)

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加藤晃司さん絵美さん  福島県福島市 (米)

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加藤晃司さん絵美さん福島県福島市 (米)

脱サラ、就農から2年目の震災。それでも、私たちは米を選んだ。

祖父の跡を継いで福島で農家に。まずは家族の食べる分だけでも作れればいいかな、という思いで始めた。二人とも会社勤めに疲れてしまっていたし、祖父の持っていた田んぼ周辺は果樹園が多くて米農家が少なかったから、この地域で米を作る人を無くさないためにも自分が継ごう、と思った。実際始めてみて、会社員時代は人と話すことがしんどかったこともあるのに、農業をはじめてからは人と話すことが息抜きになってコミュニケーションが楽しくなった。日曜の夜にストレスを感じることもないし「この仕事向いてたんだな」と思って、味や生育の違いを研究し、さまざまな手法を試しながら楽しんで米作りをしていたが、就農から2年で東日本大震災が起きてしまった。妻が妊娠中だったこともあって一時避難するものの、2週間後に福島に戻り、風評に立ち向かうような米作りが始まった。

大変な状況のときはじめて「一人ではどうにもできない」を実感する。

米の評価が、風評で決まってしまうことが歯がゆかった。「ブランディング」の必要性を感じ、勉強会に出てブランディング視点での米の売り方を模索した。福島県が15年かけて開発した新品種「天のつぶ」を県より先に売り込んで、東京をはじめ呼ばれればどこへでも行った。サイトを作ってコツコツと米情報・日常の作業を発信する日々。徐々に福島産のお米の安全性をわかってもらえるようになった。こういう事態になって、夫婦、家族の絆や周囲の支えが大事だと改めて感じた。震災後、福島にたくさんの支援があって、純粋に東北のことを思ってボランティアで動いてくれる人たちに触れて、一人ではとてもできなかったであろうことができるようになった。

このピンチが、視野を広げるきっかけに。未来を考える力が備わった。

2017年には農作物の安全性や品質の世界基準認証「GLOBAL G.A.P」を取得した。検査項目は約300、毎年検査を受けて更新する。苦労は多いけれど、一つの安心材料になるならという思いだった。自分たちに追随して、周囲の農家さんも取得してくれれば福島全体が良くなると思う。最善を尽くしていることの証明。福島県を全国一の取得者数にしたい。これまでなら目の前のこと、自分たちのことだけを考えて行動していたと思う。けれど今は、この行動が未来の福島の価値になる、地元を支えることになると考えながら進んでいる。

差し伸べてもらった手に感謝して、恩返しをしていきたい。

震災後、他の県や市町村の人とも連携して、世界に向け農業者のPRをしようと「B-eat JAPAN」という団体を設立、ベトナム、フランス、タイで福島の米などを販売した。2019年には南相馬市で米とホップを栽培するプロジェクトも立ち上げ、クラフトビール作りも始めた。被害が甚大だった南相馬市で復興のきっかけになるようなこと、新しい特産作りをしたい、そう思ってスタートした。これからも地元で新しいチャレンジをしていきたい。それがこれまでの支援の恩返しになると思うから。「使命」という言葉は命を使うと書くけれど、自分が何に命を使いたいのかと考えたとき、この地域の発展、この地域の田んぼを守るために使いたいんだ、と思った。これからも、福島で米を作り続けていこうと思う。

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加藤晃司さん絵美さんの「米・ビールセット」

福島盆地特有の気候のもと、ミネラルたっぷりの雪解け水を惜しみなく使って育てられた、優しい甘さが特徴のお米。福島が15年かけて開発した新品種「天のつぶ」をメインに、今回は農薬5割減で栽培したものを、南相馬で育てたクラフトビールと共にお届けします。

お米2kg クラフトビール500ml×2本 3,110円(税込)

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東北の魅力・復興の歩みを
一緒に体感できる

東北の生産者さんや食材の魅力が体感できる

3月6日、
オンラインイベントを
開催します!

東北の生産者の想いや、彼らが困難の中で作ってきた食材の魅力を、もっとみなさんにお伝えしたい。そこで、1日限定ではありますが、「ポケマルライブ 東北応援編」と題して、東北の生産者とオンラインでつながっていただける場をご用意いたします!

TimeSchedule

13:00〜

東北生産者さん「応援商品」のご紹介

この10年、様々な困難に立ち向かいながら、新しい挑戦を続けている東北の生産者さんたちをゲストに迎え、食材の魅力やその裏にあるストーリーをライブ形式で語ってもらいます。視聴者の方はリアルタイムで生産者さんに質問することができます。

16:00〜

「東北食べる通信」がきっかけで食の世界に! 名子さんの「東北食材のスペシャル巻き寿司」講座

「食べる通信」をきっかけに生産者と深くつながり、第2の仕事として巻き寿司作家をはじめられた八幡名子さんに、「生産者の想いも巻き込む巻き寿司」の作り方を伝授してもらいます!