高知県安芸市

小松圭子

有限会社 はたやま夢楽

地鶏肉「土佐ジロー」

◆お客さまへのごあいさつ◆

はたやま夢楽(むら)の小松圭子です。
高知県の奥山にある
「畑山(はたやま)」という山村に暮らしています。

はたやま夢楽(むら)は、旧畑山村だったことにちなんでいます。
私たちの大好きな畑山で、
次の世代も楽しく賑やかに
暮らせる産業を創ろうという夢を、
楽しく叶えていこうとつけました。

千年ほど前から、半世紀前まで長らく
800人が暮らしていましたが、
今は20人にまで激減しました。

畑山の空気、風、音、すべてを私たちは愛しています。

大好きな畑山で暮らせるよう
また、畑山を好きな人が集えるよう
この土地を知ってもらうために
「土佐ジロー」を育てています。

畑山だからできる美味しいものを作り、
皆さんと繋がることで、
畑山で暮らしていきたいと思っています。

─ ─ ─ ─ ─

◆養鶏家になった経緯◆

実家の家業は、養殖業で、食材に恵まれた環境で育ちました。
食を生み出す仕事に就きたい、と、
都内の大学で農業経済や地域おこしなどを学びました。

一次産業の可能性を探るべく、
各地を訪問していました。

一方で、神楽坂の割烹でアルバイトをし、
都内の方が興味、関心を持つ食材や料理についても
学ぶ機会を得ました。

けれど、学生時代の4年間だけでは、
農家や漁家になるという夢を
実現することはできませんでした。

愛媛で新聞記者になり、
農家や漁家を取材する機会に恵まれました。

やはり、自分自身が食を生み出す現場に
身をおきたい、暮らしたい、と思い、
学生時代に出会った養鶏家の元へ飛び込むことを決めました。

「従業員としてなの?嫁としてなの?」と
猛烈なアタックをし、養鶏火の押し掛け女房になったのでした。

─ ─ ─ ─ ─

◆生産物・地域の紹介◆

高知県の幻の地鶏とも呼ばれる「土佐ジロー」を育てています。
養鶏家では珍しく、肉用として生まれたての雛から
飼育をし、150日かけて育てあげ、
自社でさばいて食肉として販売をし、
畑山で料理を提供する食堂宿を手掛ける
六次産業化に取り組んでいます。

「限界集落」になった畑山で
生まれ育った夫の靖一さんは、
「仕事がなくて、人が出ていくのなら、
仕事を創ればいいじゃないか。
究極の美味しいものを創れば、
きっとわかってくれる人がいる。
畑山だからできることがある」
という信念のもと、
土佐ジローを追究、高めてきた第一人者です。

「鶏を鶏らしく育てる」
をモットーに、
30年かけて極めたその肉質は、
高く評価されています。

漫画「美味しんぼ」や
テレビ番組「どっちの料理ショー」
「満天☆青空レストラン」などでも紹介されてきました。

マスコミだけでなく、
「鶏好き」を自称するお客さんが
全国各地、時には海外からも
わざわざ土佐ジローを求めて畑山へやって来てくれます。

─ ─ ─ ─ ─

◆伝えていきたいこと・信念◆
私たちが育てる土佐ジローは、かなり小型の鶏です。

肉の重量を考慮すれば、大型の鶏同士を
掛け合わせて雛を生産し、
一日でも早く太らせることが求められている
養鶏の世界にあっては、かなり異質です。

一般的に45日で3㎏以上に太らせる鶏が流通していますが、
土佐ジローは天然記念物「土佐地鶏」のオスと
在来種の「ロードアイランドレッド」のメスを
掛け合わせた一代種で、
150日かけて育てても
オスで1.5㎏にしかなりません。

跳躍能力の高い土佐ジローを広すぎる鶏舎で飼えば、
飛び回って、硬すぎる肉質になってしまいます。

どれくらい飛ぶかといえば、
数メートルの屋根には飛んであがってしまいますし、
滑空すれば数十mの川も渡って対岸に行ってしまうほどです。

そんな土佐ジローにあわせた鶏舎の構造を
元大工の靖一さんが、建てたばかりの鶏舎でも
壊して建て直し、
土佐ジローにあった鶏舎を追究し続けてきました。

そして、飼料にもこだわり続け、
私たちが食べて程よい硬さと、
旨味あふれる鶏肉に仕上げています。

高カロリーな餌を与えれば
大きくすることは可能ですが、
土佐ジロー本来の旨味を引き出すためには、
じっくりと時間をかけて成熟させ、
さらりとした脂の質ながら、旨味ののった肉になっています。

─ ─ ─ ─ ─

◆今後の展望・夢◆
畑山で次の世代も楽しく暮らせるよう、
土佐ジローを産業と情報発信の軸において、
これからも畑山で頑張っていきます。

土佐ジローをお届けすることはもちろん、
土佐ジローが育つ畑山に足を運んでいただいて、
森林浴をしながら、川遊びをしながら
畑山の魅力を皆さんと分かち合っていきたいと思っています。

─ ─ ─ ─ ─