岡山県勝田郡勝央町

細川洋樹

桃洋(ももひろ)

◆お客さまへのごあいさつ
岡山の桃「ももひろ」の細川です。大阪府出身、岡山県在住です。いわゆる移住者です。
桃農家であることに誇りをもち、誠実に栽培に取り組んでいきたい。という思いを込めてこの屋号をつけました。
もっと皆さんに岡山の桃を知っていただき、食べてもらいたいです。

◆農家になった経緯
【きっかけはなんと「子育て環境を変えたい」でした。】

子供ができるまでは夫婦二人、大阪での暮らしは便利でそれなりに満足していました。
しかし、子供ができて子育てが始まり、少しづつその考えは変わってきたのです。
当たり前なのですが、私が子供の頃過ごした大阪と今の大阪の環境はとても変わっていて・・・
もっと自然豊かな環境で子育てがしたいな~と思うようになってきたのです。

とすると、、、(ここからしばし自問自答)
田舎に移住ということになるな~
田舎に移住したら仕事はどうする?サラリーマンやる?
いや、それはないな~。。。よーし!これを機に一気に独立、起業やな!
でも、起業って何やろうか?

ということで、その後、長くなるので経緯についてすべては書けませんが、
紆余曲折あり、色々な要因や出来事がクロスしながら話は進んでいきまして。。。
農業やろう!
という結論に至りました。

そして、数ある移住地の中から岡山を選択し、数ある品目の中から「桃」を選択したというわけです。
最初は果樹などがやれるとは思っていませんでした。
果樹は世襲で営農されていてよそ者が入れる余地などはないと思っていたのです。
何となく野菜かな~と思ったりしていたのですが、「桃」が栽培できると聞いた時はテンションが上がりました。
私は「桃」が大好きでしたし、果樹栽培なんて夢があるな~!と思い、ふつふつをやる気が沸き起こってきたのを今でも覚えています。

◆生産物・地域の紹介
【晴れの国岡山、県北の雄大な自然】

岡山県の県北、那岐山の山麓に広がる美作台地で桃を栽培しています。
昼夜の寒暖差はもとより、温暖な気候ですが冬はしっかり冷えるこの地は果樹栽培に適しおり、古くから桃とぶどうの栽培が盛んに行われてきました。
当園の桃は岡山の白桃を中心に、早い品種から遅い品種(だいたい6月末くらいから9月くらいの収穫)まで栽培しています。

◆こだわり・信念
【岡山自然流栽培にピン!ときた】

当園では栽培手法にこだわりがあります。
それは「岡山自然流」で栽培しているということです。
樹の本来もっている力を最大限に引き出し、樹の特性を尊重し、なるべく自然にのびのびと育てる手法、
園地内も草を活かた草生栽培で、除草剤は使用しません。

その他、栽培のポイントは色々とありますが、とにかく慣行栽培に比べて手間がかかることもあり、
県北でこの手法を採用している栽培者はほとんどいません。
しかし、「おいしい桃を作りたい」という信念のもと、最適な栽培手法はこれだ!と確信し、さらに日々精進しています。

◆将来の夢
【地域貢献とは?】

移住者だからでしょうか「地域貢献」ということをよく考えます。
地域貢献とは?なんだろうか?
たまに「あんたがここで仕事して、子育てして、地域に根付いてくれたらそれがそういうことじゃ」
というようなありがたい言葉をかけてくれる人もいます。
でも、はたしてそうでしょうか?
移住も仕事も私が選んだことなので、真面目に一生懸命取り組むのは当たり前。。。仕事なので。。

私が就農できたのは、地域に後継者がいなくなったためです、、、
桃づくりしようという若者は地域にはおらず、縮小していく産地は風前の灯、、、
この国のどこにでもある農業と田舎の問題です。
農家に跡取りもいて、地域に桃づくりを目指す若者がたくさんいるような状況では私のようなよそ者は入れなかったでしょう。

何らかの事情で地域の人たちが手放した産業、、、
それを引き継いだよそ者、、、、、
何かできることはないのか、、、?
そう、この産業をブラッシュアップして地域に返すようなことができないだろうか?

それは例えばこういうことでは?

「あのももひろの親父はその昔、都会から移住してきて桃づくりはじめたらしいで」
「へーそうなん、知らんかったわ」
「なんか楽しそうにやっとるし、俺もやってみようかな?」
「そうじゃな、都会に出て就職するよりええかもしれんな、俺ここ好きじゃし」

なんて会話が地域の若者の中で飛ぶようになったら楽しいですね。

桃づくりを将来の進路として選ぶような若者が出てきた時、私がこの地で農業を始めた意味があったと言える気がします。
まあ、親御さんは仰天して「正気か!?誰かこいつを止めてくれ~」と慌てふためくことでしょうけど。。。(笑)

そういう日を夢見て、がんばろ~!

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